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[27]寂しい結末 2004.9/27 9月20日のライオンズ戦は、ホームであるロッテ浦和球場での今季最終戦。ストライキ明けの月曜日が祝日ということもあり、今季一番の観客が詰め掛けその半数以上が立ち見となった。 だが、終わってみれば0対10の完敗。打線はわずか3安打で見せ場すらなかった。同時に今季の負け越しも確定。今季の成長を示せるような、集大成となるような試合を見せることは出来なかった。 ハイディ古賀はこの日がホーム最終戦と知ったのは試合後だった。それだけに不甲斐ない戦い振りに落胆し、多くのファンに申し訳ないという気持ちを強くした。帰り際、サインの輪に囲まれながら、「最後の試合だったのにすまなかったね」と詫びていた。 この日は試合前から落ち着かない空気が流れていた。シーズンの最後は、すなわち来季への始まり。今後の去就に揺れる選手たちの不安はチーム内に伝染していた。 自らの処遇に落ち着かない中堅・ベテラン。彼らにとっては目の前にある2軍の試合はどうでも良かった。ネット裏に陣取った家族の前でこれが最後になるかもしれないユニフォーム姿を見せたかったベテランもいた。「これが最後かもしれない…」と覚悟を決めていた。そうしたチーム内の変化を敏感に感じ取りながらも若手もどう対応するべきか苦慮した。 ただでさえチームは優勝争いとは無縁の戦い。勝利を目指してチームが一丸になることは不可能になっていた。ホーム最終戦を包み込む惜別ムード。古賀も「チームが浮ついて試合に集中できていなかった」と認めた。試合に賭ける意気込みも、勝利に対する意欲もこの試合では完全に消えていた。これまでの成果を全てぶち壊すような1日だった。 この日、36歳の佐藤幸彦が6回に代打出場し見逃し三振に倒れた。そして試合の途中だが、球団に呼ばれ千葉に赴いた。古賀は「これで終わったかもしれないな」と覚悟を決めた。 マリーンズ一筋18年の佐藤に引退試合が用意されたのは翌日の1軍の舞台だった。佐藤は「(6月の今季2度目の2軍降格で)一生懸命さがなくなった。残念だけど甘くなかった」と話した。 ベテランにとって2軍でモチベーションを失うことは仕方ない面もある。だが、若手の見本となるべき選手が「やる気」を失った状態で2軍にいたことも事実である。当然、他の選手に影響を及ぼしても不思議ではない。ベテランと若手が混在するニッポンファームの弱点を露呈する結果となった。 アメリカではこうした状況に陥ることはない。戦力外を確定された選手は、その日のうちに発表されシーズン中でも荷物をまとめて去っていく。シーズン終了後に一括して自由契約を告げられる日本と違い、戦力外の通告はシーズン中のいつ発表されるか分からない。言わば、毎日その恐怖と隣り合わせでシーズンを過ごす。不安に打ち勝つには、目の前の試合に集中して、一心不乱に球を追いかけるしかない。 来季へ向けてマリーンズはすでに動いている。来季の構想外に当たる選手を決定することもその一環だ。当然、整理の対象となる選手は2軍にいる。古賀もその候補が誰なのか把握している。これまで球団に意見を求められることもあった。球団から来季の構想と戦力外選手を伝えられたこともあった。 ホーム最終戦のあと、ベテラン選手の名前を列挙し話す姿は、今後の動きを予見しているかのような口ぶりだった。 6人の自由契約選手が発表されたのはその数日後。24日、舩木聖士、谷浩弥、酒井泰志、鈴木貴志、浜名千広、波留敏夫がマリーンズを離れることになった。春先から予想された選手もいれば、残留する力を持っている選手もいる[別表参照]。それでも、チームを去る時期は同じとなった。 22日の横須賀でのシーレックス戦では先発した三島輝史が2発、藤井宏海が1発を浴び敗戦。 秋分の日である23日の戸田でのスワローズ戦では、成瀬善久が6回2失点で3勝目。古賀は未来に目を輝かせる高卒ルーキーたちにマウンドを託した。 残り2試合、ストの代替試合がなければシーズンはこれで終わる。「早かったな」と古賀は振り返った。熱い戦いを繰り広げてきた夏が終わった途端、秋風が吹き抜けてきた。
[26]プレーオフの舞台へ 2004.9/20 シーズン終盤。 優勝を断念した1軍のチームはこの時期になると積極的に若手を起用する。アメリカでも9月からは選手枠を広げ、多くの選手に出場機会を設けている。 これまでのマリーンズであれば、この時期は例外なく来季を睨んだ戦いだった。昨年であれば、当時3年目の田中良平が2軍で1度も勝ち星を挙げぬまま、見切り発車で1軍の先発マウンドを踏んだほどだ。 しかし、今年はプレーオフ制度が採用され、3位争いをしているマリーンズにもチャンスが舞い込んだ。当然、若手選手の「お試し期間」は今のチームに存在しない。 シーズンが始まって6カ月。 この間、多くの選手を1軍に送り込んだ。ハイディ古賀にとっては、今江敏晃、西岡剛のような若手よりも、山崎健、垣内哲也、高木晃次といったベテランが1軍に定着して戦力として機能していることに満足感を抱いている。だからこそ、9月11日のファイターズ戦で垣内がサヨナラ本塁打を放ち一躍ヒーローになったことには格別の思いだった。 プレーオフに滑り込む戦いをしている1軍に対して、2軍からも新たな選手を送り出す準備をしなければならない。それが、選手育成として並行してやり遂げなければ2軍の使命だ。 週末のストライキ突入で、今週に行われた試合は9月16日のライオンズ戦だけだった。西武ドームは、1軍が使用する球場と同じ舞台とは思えない静けさ。バックネットに数百人が陣取る程度の閑散としたスタンドに乾いた打球音が響いた。 先発マウンドに登ったのは黒木知宏。 今季は2軍で開幕投手を務め1軍昇格後には復帰後初勝利を挙げたが、再び肩を痛めて以来2軍で投球を続けている。 そんな黒木が1度だけ1軍に再昇格したのが8月16日に西武ドームで行われたライオンズ戦だった。カブレラ、フェルナンデスなどから4発を浴び4回0/3を7失点。この登板のみで再び登録を抹消された。古賀は「1軍に上げるのを急ぎ過ぎたかな。せめてあの時勝ち投手になっていれば」と唇をかんだ。 この日は5回5安打2失点。安定した数字だが「ベテランの経験で無難にまとめたけど、良い内容ではない」と厳しい。外国人のマクレーンに左翼席へ弾き返されたことからも、1軍の正念場でチームを救えるかは不安がつきまとう。 2番手は右肘の故障で6月下旬から戦列を離れているミンチー。 6、7回は危なげない投球を披露し、本来ならばここで降板の予定だった。だが、「もう少し投げたい」という本人の要望を受けて続投。結果、3点リードで迎えた8回裏、先頭打者に四球を与え、マクレーンに2ランを浴びる大誤算だった。さらに二塁打を許し、1死もとれず降板。1点差に迫られ、同点の走者を残すという最悪の事態を招いてしまった。 3番手は右サイドスローの戸部浩。 開幕を1軍で迎えるも4月21日に降格。その後は2軍の主戦として先発を続けるも、股関節を痛め復帰してからはリリーフに戻っている。 8月13日に再昇格を果たすも、五輪組の帰還と共に下旬には2軍に舞い戻ってきた。この日の戸部はバントで送られて1死三塁とされるまではよかった。だが、続く打者に四球を与え傷口を広げると、古賀はすぐさま投手交代を告げた。 4番手は左の川井貴志。 5月中旬に内野手を補充したいチーム事情を受けて2軍に降りたが、1試合の登板のみで10日後には1軍へ戻ったので、8月16日の降格が実質的に初めてのようなものだった。今季は1軍で47試合に投げるなど、もはや1軍の戦力である。 8回の1死一・三塁のピンチで登板も、辛くも無失点で切り抜け実力を見せ付けた。9回もそのまま投げ続け、7回に青野毅のスクイズで挙げた決勝点を守り抜いた。左のリリーフとして1軍に戻る準備は万端だ。 1軍の今季最終戦は、9月20、21日の西武ドームでのライオンズ戦。仮にプレーオフ進出を決めれば、1回戦は同じくライオンズと西武ドームで行う。奇しくもこの日に登板した4投手はすべて1軍昇格の可能性がある者ばかり。まるで次週からの決戦に備えての予行演習のようだった。 古賀は「偶然そうなっただけ」と否定したが、1軍が今後正念場を迎える西武ドームで投げることに関しては皮肉な巡り合せを感じていた。この日のメンバーから1軍の舞台へ羽ばたいていく選手はいるのだろうか。 次回の西武ドームは満員の観衆で埋め尽くされる。
[第26週]
[25]ジレンマ 2004.9/13 一気に巻き返しを見せたのもつかの間、ジャイアンツ球場で連敗を喫したマリーンズ2軍。 勝率5割到達のためにはこれ以上負けられない中で迎えた9月11日のファイターズ戦は、1点を争う接戦となった。 四球とエラーで無死一、二塁の好機を迎えると、4番・澤井良輔が送りバント、続く曽我部直樹はスクイズを決めた。二塁ランナー寺本四郎が一気にホームを陥れる2ランスクイズは寸前でアウトになったが、ノーヒットで1点を先制した。 投げては先発・長崎伸一が気迫のこもった投球。7回2死ニ・三塁で交代するまで、走者を出しても無失点で切り抜けた。 その後、両チームにソロ本塁打が出て2対1で迎えた9回表、球宴以後からクローザーを務める田中良がマウンドに向かった。 ハイディ古賀は田中良を起用する決断を下すまでに時間を要した。 まず始めに、7回途中から好投していた川井貴志の続投を考えた。だが「まてよ」と思いとどまる。2週間前の決断が頭を過ぎっていたのだ。 8月28日のスワローズ戦、古賀は1点リードで迎えた最終回に7回途中から好投していた川井の続投を決断。左腕から繰り出される球のキレと制球力は、1軍で中継ぎして活躍してきた格の違いを感じさせた。しかし、不運な当たりが続き、一気に2点を奪われまさかのサヨナラ負け。勝利を掴みかけておきながら、寸前で落としてしまった。 この夜、古賀は自身の役割について再確認していた。 「何のために2軍監督をしているのだろうか?」。 同じ負けるのであれば、1軍クラスの川井ではなく、若手の田中良に経験を積ませた方が良かったのではないか…。育てることがないがしろになっていることを懸念していた。 「勝負」と「育成」の両立。 一般的に相反するものと捉えられている両者だが、古賀は「勝負」にこだわることで「育成」を成し遂げようとしている。勝つことで選手は成長する。 「勝負」に徹するならば川井の続投、「育成」を重視するならば田中良の投入。だからこそ、川井の続投を選択した。 9回に捕まってしまったが、リスクを抑えた最善の選択をしたのだから、その結果に関しては致し方ないはずだった。しかし、負けてしまったことで古賀は揺れていた。 そして、この日、2週間前と酷似する「1点リードで迎えた最終回」、川井に替えて田中良を起用した。「育成」が「勝負」を上回った。 しかし、田中良は下り坂にある[別表参照]。 9月8日のジャイアンツ戦でサヨナラ負けを喫した時も、田中良のブルペンでの調子が悪い報告を受けて、谷浩也を続投させたほどだ。クローザーはチームの命運を一手に受ける。ここで追いつかれれば、6度のバントにスクイズを絡めた攻撃も、浜名千広の本塁打も、長崎の好投も、リリーフでピンチを凌いだ川井の力投も、全てが無駄になってしまう。背負わなければならないプレッシャーは大きい。 点差はわずか1点。8月7日のファイターズ戦で、1対0のリードを守り抜いてセーブを挙げた頃の調子ではない。大きなリスクを承知の上だった。それでも、抑えれば大きな自信と経験になる。そうした期待を込めた起用だった。 果たして、田中良のストレートが走らない。 「全部置きにいって投げている」と古賀が指摘するように、本来のスピードがなくなっている。福沢バッテリーコーチが1球ごとに大声を掛けて励ます。高沢コーチは心配な表情でマウンドに目を向ける。 だが、2本の単打を許し1死一、二塁。これが限界と悟った古賀は、ダグアウトを出て投手交替を告げた。 勝つための交替。 「勝負」に徹することでの「育成」という大前提に戻った瞬間でもあった。 替わった谷浩弥が実松一成を中飛に仕留めると、すかさず投手交代。左の前田浩継が同じく左の田中賢介を三振に斬ってとり、一打同点・逆転の場面の窮地を脱して試合が終了した。 笑顔を浮かべハイタッチを交わす選手たち。古賀は「こういう1点を争うプレッシャーの中で試合をすることが選手を成長させる」と目を細めた。 もちろん「勝利」という大前提があるからこそ「育成」の効果は大きくなる。だからこそ、1点差の勝利は何よりも大きなものをもたらす。 残り6試合、全勝すれば勝率5割に届く。 無茶な注文をしないでくれ、といった表情で古賀は笑い飛ばしたが、勝利にこだわる試合を展開する限り不可能な数字ではない。 [田中良平2004年ここまでの成績]
[第25週]
[24]夏の終わりの進撃 2004.9/6 9月5日、前日のナイターを8回コールドで勝利した空とは違い、雨は止んでいた。だが、この日予定されていたシーレックスとのデーゲームは、午後からの雨に備えて中止。その夜、ハイディ古賀は「結局、雨は降らんかっただろ?今日はやりたかったな」と恨めしそうに語った。 2週連続で日曜日の雨天中止。 2度とも先発を飛ばされた加藤康介にとっては災難だったが、チームにとってもやりきれない中止だった。ここまで4連勝。ここ9戦で8勝1敗と好調なチーム状態だけに、一気に上昇気流に乗りたかった。 6月を終えて29勝29敗。1ゲーム差に6チームがひしめく混戦も、7月は3勝10敗1分、8月も21日までを2勝7敗1分と負け越した。借金は12に膨れ上がり、気が付けば最下位が指定席。 それでも、この2週間で借金を一気に7つ返済した。それはまるで、夏休みの最後に猛烈な勢いで宿題を片付ける子供の姿にだぶる。 古賀は好調のチーム状態を「ベテランたちが降りてきてようやく戦えるようになった。これまでは勝てる気がせんかったもの」と分析する。五輪組の帰還と故障者の復帰で、実力のある選手たちが2軍に増えた。 打撃陣は、佐藤幸彦、波留敏夫、大塚明らが打線の中軸を担い、投手陣は復帰を目指す黒木知宏が先発として、1軍経験の豊富な川井貴志、戸部浩が中継ぎとして控える。確実に計算できる駒が揃えば、戦いを優位に進められる。 とは言え、目先の勝利を求めてベテランに頼りきっているわけではない。 青野毅、寺本四郎が規定打席到達を目指し1、2番を形成すれば、9番・早坂圭介が2年連続の盗塁王を目指す。2年目・浅間敬太、ルーキー・成瀬善久が先発を任され、4年目・田中良平が球宴後からクローザーの大役を担っている。 「ベテランの意地」と「若手の成長」がミックスされた成果。そしてそれ以上に、シーズン終盤になっても諦めない野球が実践されていることが躍進の大きな理由となっている。 そうしたチームの強さを象徴的に示していたのは、9月1日のライオンズ戦だった。 5点のビハインドを付けられたマリーンズは、1点差に迫れば引き離され、さらに迫るという試合を展開。7回以降を無失点に抑えた戸部、川井の好投が勝利を手繰り寄せた。13時30分に始まった試合は、17時過ぎには日がどっぷりと暮れかかり、秋の訪れを感じさせるものとなった。ロッテ浦和球場にはナイター設備がないため、審判団が「日没時間を調べてくれ」と頼むほど。 引き分けの幕切れがちらついていた中、喜多隆志が9回1死満塁から左中間へサヨナラヒットを放ち、今季最長3時間57分の試合に決着を付けた。 その瞬間、選手たちはダグアウトを飛び出し歓喜の輪が出来上がった。「喜多は明日休みでいいぞ」と、翌日は休日にも関わらず(だからこその)言葉が飛んでいた。試合後に行われるミーティングもこの日はなし。勝利の喜びに溢れた選手たちの表情を見ていれば、それも必要なかった。 優勝とは無縁の2軍のとある1試合。それでも勝利に対する意欲は、五輪とも変わらないものだった。 シーズン終盤、下位に沈むチームは日米問わずチームの結束は乱れがちになる。優勝争いやプレーオフ出場の可能性が残されているチームは、勝利を目指し一致団結するが、目標を失ったチームは自身の生き残りをかけて個人成績に執着する。 2軍ともなればなおさらその傾向は強まる。マリーンズ2軍も優勝争いから取り残され最下位に停滞するチーム状態。ややもするとこのまま流されて負け犬になりかねない状況の中で、踏み止まった。 残り9試合、現在のペースを維持し7勝2敗で乗り切れば、勝率5割に到達する。「そんなに甘いものじゃないよ」と古賀は一笑に付した。 「最下位脱出が最低目標」という姿勢を崩さない。だが、絶望視されていたAクラス入りの可能性も浮上してきたことを問われると「おお、そうなのか」と驚きを隠せなかった。そして色気が出て来た。 下位4チームが2ゲーム差にひしめく大詰めの戦い。3位を目指しているのは、1軍だけではない。 [イースタンリーグ6チームの最近の戦い振り] [8/22現在の順位表] [9/6現在の順位表]
[第24週]
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