The Hottest Summer/テキサス奮闘記【Vol.1】
文、写真・武藤雄太
Text,Photographs by Muto,Yuta

2005年、デトロイト・タイガース1Aのレイクランド・タイガース(フロリダ・ステート・リーグ)で
インターン研修を行った武藤雄太。専門分野のみならず様々なことを体験しフロシダを後にした。
そして2006年からはステップアップし、ヒューストン・アストロズでインターンを行うこととなった。
就職活動からスタートした自身のインターン経験を伝えていきます。

武藤雄太/1982年東京都出身。
高校3年時に交換留学でノースダコタ州へ。

2部リーグながら地元高校の野球部で主にトップバッターとしてチームに貢献。
高校卒業後、FIFA World Cupのメディアボランティア経験後、スポーツマネージメントを学ぶために再渡米。
2003年イングランド一部リーグ(当時)クリスタルパレスFC、

2004年Jリーグ2部(J2)湘南ベルマーレでインターン。
2005年、エンディコット・カレッジ(マサチューセッツ州)でスポーツマネージメントを専攻中に

レイクランド・タイガースでインターン研修。インターン終了後、同学校の全過程を終了。
2006年シーズンからヒューストン・アストロズでインターンを開始した。



2月11日最終回
「最終コーナー/10月1日 @ アトランタ・ブレーブス」


ブレーブス 1−3 アストロズ

82勝80敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 アストロズ 1.5

ナショナルリーグワイルドカード
首位 ドジャース   
3位 アストロズ 6.0


 2006年10月1日午後4時頃。
 私はミニッツメイドパークの2階席スタンドに腰掛け、フィールドを眺めていた。
 1週間前、ここでセントルイス・カージナルスを叩きのめした熱狂が遠い昔のように感じる。この日アストロズは、アトランタの勇者に惜敗し、2006シーズンを終えた。

 ブレーブスとの3連戦、私は試合時間になるとクリーンフィードの録画のために足を運び、機材のスイッチを入れていた。その後、自宅で、スタジアム正面のバーで、最後までプレイオフ進出を信じ、アストロズを見守った。
 結果は1勝2敗。
 塁にランナーが出てもホームには帰すことができない。これはシーズンを通して良く目にする展開で、2006シーズンを象徴する3連戦だった。

 最終戦のこの日、私は自宅でルームメートと共に試合を見守った。
 アストロズの先発投手はクリス・サンプソン、28歳のルーキーだ。彼の主な役目は敗戦処理やロングリリーフ。つまりアストロズの投手陣は限界に近かった。
 それに対してアストロズが追うカージナルスは、ローテーション通りならエースのクリス・カーペンターなのだが、プレイオフに向けてトニー・ラ・ルーサ監督はエースを温存した。勝負師にはもう結果が見えていたということだろうか・・・。

 アストロズ最後のバッター、ランス・バークマンがライトライナーに倒れた瞬間、私の足はスタジアムに向かって動き出した。クリーンフィードの録画を止めるためでなく、ただスタジアムの中に居たかった。

 誰もいないフィールドを眺めていると走馬灯のように2006シーズンが思い浮かんだ。
 初めてコントロールルームに入った日の様子。ログをつける毎日。自分のビデオが初めてスタジアムで流れた事。初めてTDをした日。指導していてソフトボールチームの子供達が来てくれた試合。家族がヒューストンまでやってきて自分の働きぶりを見てくれた事…。
 挙げればきりがない。ミニッツメイドパークで起こった全てのことが私にとっての宝物だ。
 この先アストロズで何シーズンも働けたら…。そう思わない日はなかった…。

 結局、アストロズでの冒険はこの日が最後になってしまった。
 ヒューストン・アストロズにはMLBで働くドアを開いてくれたことに大変感謝している。Ballpark Entertainmentをゼロから指導してくれたKirbyとBrockにはなんとお礼を言って良いかわからない。
 アストロズの一員として、チームに貢献できたことを誇りに思うし、いつの日かアストロズに何らかの形で恩返しがしたい。
 テキサスへ、ヒューストンへ、来る前はとっても不安で怖かったけれど、アメリカ生活の中でもっとも濃い時間を過ごせた。Kirbyと、アストロズと、別れる時は涙が出てきた。
 ありがとうテキサス。
 ありがとうヒューストン。
 ありがとうアストロズ。
 Deep in the Heart of Texas!

武藤 雄太


 追伸
 2006年末、パ・リーグのオリックス・バッファローズが通訳を探しているという話を耳にしました。そして縁があり、バファローズにお世話になる事になりました。
 短い間ではありましたが、「メジャーリーグ職員奮闘記」をご愛読ありがとうございました。2007シーズン大きく舞台が変わりますが、これまでと同様に頑張っていきます。


1月29日
「最終コーナー/9月26日@ピッツバーグ・パイレーツ」



パイレーツ 0−3 アストロズ

81勝79敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 アストロズ 1.5

ナショナルリーグワイルドカード
首位 フィリーズ   
3位 アストロズ 4.5


 私達はヒューストン・アストロズが生きて帰ってくると信じていた。
 帰ってきたらどうやってチームを迎え入れるか・・・。
 上司のKirbyからは特にリクエストされていなかったが、私にはひとつアイデアがあった。
自軍のスタメン発表直前、もしくは選手がグラウンドに散る直前、「ヒーローがヒューストンに戻ってきた!」というコンセプトのビデオを流そう。
ボストン・セルティックスはティップ・オフ直前、ボストンのランドマークを次々に繋げたビデオでアリーナを演出している。これが素晴しくカッコいい。私の頭の中の隅にいつもこのビデオの存在があった。いつか近いものを自分で手がけられたら・・・。
私の中で今がそのタイミングだと思った。

 選手活躍シーンとヒューストンランドマークをうまく組み合わせる。
 これが私の構想だった。
 この日私は「ロケ」に行った。ヒューストンを撮影しに行くためだ。
 空港には「Welcome to Houston!」の看板がある。
 NBA、ヒューストン・ロケッツのホームアリーナ「トヨタセンター」、NFL、ヒューストン・テキサンズのホームスタジアム「リライアントスタジアム」もヒューストンの顔だ。
 もちろんダウンタウンも押さえなければいけないし、2年前、第38回スーパーボールのために設置された路面電車も使いたい。
 「ロケ」は2日間行った。
 2日目のこの日、アストロズはピッツバーグでデーゲームを戦っていた。ロケ中にアストロズの戦いぶりがラジオで伝わってくる。

 ロケ素材だけでなく、試合中の選手の活躍シーンも今回のプロジェクトに必要だ。
 通常TV放送で配信されている映像を「ダーティーフィード」と言う。
 品質を抑えているとか、そういうわけではなく、ストライクボールのカウント、点数や、選手情報がCGによってライブ中継の上に表示されるからだ。
 それに対して、チーム関係者やMLBに配信される映像を「クリーンフィード」と言う。この配信にはCGが使用されない。
 ホームゲーム時は球場地下にある放送トラックからクリーンフィードを受信することができるが、ビジターゲーム日は放送トラックがやってこないためクリーンフィードを受信する事ができない。
 それではどうするか?
 ここでニューヨークのMLB Productionが力を発揮する。
 MLB Productionはケーブルを通じて、各スタジアムに希望する試合のクリーンフィードを配信してくれるのだ。また、リクエストすれば過去の試合も送ってくれる。
 このシーズン最終週、私達は毎日ニューヨークに電話をし、クリーンフィードを送ってもらった。

 結局この日、ロイ・オズワルドの快刀乱麻のピッチングでパイレーツを完封。
 私達は彼の活躍をラジオで聞きつつ、プレイオフ進出の希望を胸に抱きしめ、ヒューストン市内でカメラを回し続けた。
 そしてチームは最終対戦カードの地アトランタへ向かった。


1月29日
「最終コーナー/9月26日@ピッツバーグ・パイレーツ」



パイレーツ 4−7 アストロズ

79勝78敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 アストロズ 2.0

ナショナルリーグワイルドカード
首位 ドジャース   
2位 フィリーズ 1.0
3位 アストロズ 4.0


 いよいよ首位カージナルスとの差を2ゲームまでもってきた。
 約10日前にコテンパンにされたフィラデルフィア・フィリーズを前日ロードで叩き、アストロズは勢い良くピッツバーグに乗り込んだ。
 レギュラーシーズン最終週と言うこともあり、何人かのスタッフが他球団視察を理由にピッツバーグに向かった。ボールパークエンターテイメントからはKirbyとBrockが早朝の便でピッツバークに飛び立っている。
 前日の勝利でポストシーズン、ワンデープレイオフの現実味が一層強くなってきた。オフィスの各部署が忙しく動き回る。
 社内メイルでは、レギュラーシーズン全日程終了時に、カージナルスと同率で並んだ場合のディビジョン優勝決定戦の要項が回ってきた。
 ニューヨークのメジャーリーグ機構オフィスで、コイントスが行われ、その結果ディビジョン優勝決定戦はミニッツメイドパークで行うことになった。

 ラリーマンデーの準備も始まった。
 ラリーマンデーとは、プレイオフ初戦前日に「明日からのプレイオフを頑張って勝ち抜きましょう!」と、いうコンセプトで開催される決起集会的な催しである。
 具体的な内容は公式練習見学、グラウンドにステージを作り生ライブ、選手が意気込みを語るトークショー等、その年によって内容が違うがプレイオフムードに華をそえるショーであることは間違いない。
 ディビジョン優勝決定戦や、ワイルドカードでのプレイオフ出場の可能性も残っているので、「こういう結果になったら何日の何時よりイベントがスタート」と言う形でおおよその形を作っていった。余談だが、デトロイト・タイガースはプレイオフに長い間出場することがなかったため、現行のスタッフはラリーマンデー経験がなかったそうだ。「昨年のアストロズのラリーマンデーの様子を納めたビデオを参考のために送ってくれ」と8月頃依頼された。

 この日を含めて残り6試合で2ゲーム差。
 カージナルスが最低でも2回負け、アストロズが全勝に近い成績でロードを乗り越えなければならない状況でありながら、スタッフ一同「いける!!」と言うムードが溢れていた。


12月11日
「最終コーナー/9月24日 VS セントルイス・カージナルス」



アストロズ 7−3 カージナルス

78勝78敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 アストロズ 3.0

ナショナルリーグワイルドカード
首位 フィリーズ   
首位 ドジャース    
3位 アストロズ 4.0


 カージナルス・シリーズの前半、一部選手からはシーズンを諦めた発言が出ていた。しかし監督のフィル・ガーナーはそう考えていなかった。その証拠に、水曜日にもう何度目だか分からない(?)「選手生活最後のホーム登板」したはずのエース、ロジャー・クレメンスを中3日で日曜日のゲーム(ホーム最終戦)にもってきた。
 余談になるが、私にはこの「クレメンス最後」モノにまつわるエピソードが色々ある。
 Lakelandにいた時も、春季キャンプ中に「クレメンスのLakelandでの最後の登板」というものに立ち会った。
 前回登板時はテクニカルディレクターのポジションだったので、「クレメンス最後のホーム登板のTDをした」と、一つ勲章が増えると思っていた。しかしながら、その勲章は今のところTDのエース、スティグに持って行かれた。恐らくこの勲章はまた他の人の手に渡るに違いない。
 話を戻そう。上司のカービーは言った。
 「これがプレイオフの雰囲気だ」。
 たしかにスタンドからはいつもと違うピリピリとした空気が伝わってきた。ワンアウトでも、1人ランナーが出ると胃が重たくなったし、自軍の得点はいつもの2倍嬉しい。
 最終戦ということも手伝って、私たちのショーはいつもより多くのものをこの試合につぎ込んだ。
 ランシート(イニング事の催しスケジュール表)は存在したが、カービーは自ら作成したランシートをどんどん変更していった。いつも以上にスタジアムが楽しさで溢れていたことは言うまでもない。
 その象徴的シーンが2回にして、売り出し中の若手ルーク・スコットのためのビデオ、「アストロウォーズ」を流したことだ。
 ルーク・スコットは名前がスターウォーズの主人公ルーク・スカイウォーカーに似ているという理由だけで、ルーク・“スコット”ウォーカーと祭り上げられた選手だ。彼の打席に入るときの登場曲はもちろんスターウォーズのテーマだし、スコアボードからは「フォースを使え!」と言うメッセージが出たり、人気キャラクターのヨーダが「Luuuuuuuuuuuuke」と叫んだりする。ファンのリアクションも上々だ。
 そのルークが、今シーズンサイクルヒットを達成した記念にとうとう映画の予告編のようなビデオを作ってしまった。それが「アストロウォーズ」である。
 ビデオの中でルークのバットがライトセイバーに代わり、彼がホームランを打ったシーンではR2D2がホームで出迎える。もちろんお馴染みのダース・ベーダーや若き日のハリソン・フォードも登場する。実に楽しく、心踊るビデオだ。
 しかしこのビデオにも一つ問題点がある。それは約1分半と長いことだ。使用可能時はルークの打席の前で投手交代があった時や、延長戦の先頭打者のときのみだった。従ってこのビデオ、この日も合わせて今シーズン2回しかお披露目できなかった。見ることの出来た人はとてもラッキーだ。

 「アストロウォーズ」が流れた時、私はカメラトラブルを治すために三塁側のダグアウト横にいた。ルークの顔が肉眼ではっきりと見える。
 「チャチャ〜ン!!」。
 スターウォーズのおなじみの曲が流れると、ルークは少し苦笑いをする。観客はスタジアムビジョンに釘付けだ。
 ビデオが流れ終わるとルークは笑顔のまま打席に入る。彼はツーベースヒットをかっ飛ばす。これで「アストロウォーズ」使用時は2打数2安打。チームも「アストロウォーズ」に後押しされカージナルス相手に4タテを達成した。

 残り7試合で3ゲーム差。
 残り試合は全部ロードだが、この勢いそしてチームが再来週ここに帰ってくる事を信じたい。
 試合のある日にしか来ないクルーの連中は口々にいった。
 「再来週、またここで会おう」。
 アストロズは最高の形でホーム最終シリーズを締めくくった。


11月27日
「最終コーナー/9月22日 VS セントルイス・カージナルス」



アストロズ 6−5 カージナルス

75勝78敗


ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 レッズ 5.5
2位 アストロズ 5.5

ナショナルリーグワイルドカード
首位 パドレス   
4位 アストロズ 5.5


 私はTDの椅子に座っていた。
 9回裏2死、サヨナラのランナー、オーランド・パルメイロが3塁ベースにいる。バッターボックスにはクレイグ・ビジオが立つ。
 「延長戦に入ったらイニングブレイクをどうするか…。勝ち越したらどうもって行こう…」
 アストロズのチャンスでドキドキする反面、目の前の仕事をどのようにこなすか冷静に考えていた。1週間前の似たような場面では、鋭い当たりが出た瞬間、TDにもかかわらず興奮して叫んでしまった。その時より成長している…と思う。
 ビジオがバットを振り抜く、鋭いボールがレフトに落ちる。
 サヨナラタイムリー!
 私はすぐにビジオの顔写真から歓喜の輪に画面を切り替える。
 RFカメラ(持ち運びカメラ)がグラウンドに入る。画面をRFカメラに切り替え、選手の満面の笑みがスタジアムに広がる。
 爆発的な喜びが静まるころ、この試合のハイライトを流す。長さは約5分だ。
 
 初回から続く緊張がようやく収まった。1つ息を吹き出し、コントロールルームを見回す。多くのクルーが「一番」とか「必勝」とか「絶対合格」と書かれたハチマキを巻いている。代わりに私はカウボーイハットを被っている。
 私の家族がヒューストンを訪れた。その際、職場へのお土産としてハチマキを持ってきてもらい、前日21日のゲームで皆に配った。クルーの連中はとても気に入った様で、試合中も皆がハチマキを巻いてくれ、試合でアストロズは快勝した。
 「これはジンクスだ!!」
 と、言うことでゲンを担ぎ、翌日もつけた。そしてまた勝った。
 私がテキサン達に日本文化を注入した代わりに、テキサン達は日本人の私に彼等の文化を注入した。カーボーイハットを手渡された。ハチマキと違い、カウボーイハットを身につけているとインカムのヘッドフォンが不安定になってしまうがなんとかかぶっている。
 これ以降もゲン担ぎは続く。
 残り試合、それぞれが試合時間近くになるとハチマキを巻き、私はカウボーイハットに頭を埋める。
 レギュラーシーズン最後の週はロードゲームだった。視察目的にロードに付いて行ったスタッフが何人かいたが、ゲン担ぎのハチマキを持って行ったことは言うまでもない。


11月20日
「最終コーナー/9月21日 VS セントルイス・カージナルス」



アストロズ 6−5 カージナルス

74勝78敗


ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 レッズ 6.5
2位 アストロズ 6.5

ナショナルリーグワイルドカード
首位 パドレス   
7位 アストロズ 5.5


 恰幅の良い豪華な男が、メディア食堂で人の良さそうなおじさんと仲良く話している。その男はジャラジャラと多くの貴金属を体中に身につけ、とても「堅気」の人間には見えない。言ってみればマフィアの風貌だ。もう片方はとても優しいお父さんと言った感じ。とても釣り合いが取れた関係には見えない。
 実はこの二人、全国中継の実況担当とローカルラジオのアナウンサー。どっちがネーションワイドで、どっちが地元放送局かは察しがつくと思う。そう。この日の試合は全国中継されたのである。

 昨年のリーグチャンピオン(アストロズ)とリーグチャンピオンに後一歩届かなかったチーム(カージナルス)がシーズン終盤で直接対決。日本風に言うのならば「天王山」。このシリーズの結果次第でカージナルスの地区優勝が決まる。全米のメディアだけでなく、田口壮を追う日本メディアもヒューストンに集結した。
 その一方、仮にアストロズが4タテすれば、一気に地区首位のカージナルスと3.5ゲーム差という状態でもあった。

 私はシーズン最終戦に使うためのメッセージをもらいに、試合前クラブハウスを訪れた。通路でチームの主力選手が全国中継局のレポーターにインタビューされている。

(レポーター)「このシリーズ4つ叩いたら首位まで3.5ゲーム差ですよねえ?」
(主砲)「首位相手に4つ勝つのは非常に難しいんだよ。それに叩いたとしても3.5ゲーム差。しかも残りはアウェイゲームだけだ。ちょっと厳しいよね。それよりも僕等はどういう形でシーズンを終えるかを考えているよ」

 通常クラブハウスは張り詰めた空気が漂う。しかし首位とのシリーズであっても、アストロズは昨日までのレッズ戦同様にとてもリラックスしていた。
 その一方、優勝直前のプレッシャーからか、カージナルスはガチガチだった。05年ナショナルリーグ、サイヤング賞投手、クリス・カーペンターがまさかの6失点を喫した。
 4−5で迎えた8回裏。
 ここまで投げ続けたカーペンターを諦めても良い様にも見えた。しかしフィールド同様、ベンチにも普通ではない何かがあったようだ。
 直後、ランス・バークマンは逆転ツーランホームランを放つ。
 バークマンが描いたこの日2本目のアーチが右中間に突き刺さった時、何かが動き出したような気がした。


11月13日「最終コーナー3/9月18日 VS シンシナティ・レッズ」

アストロズ 5−3 レッズ

72勝77敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 レッズ 7
3位 アストロズ 7.5

ナショナルリーグワイルドカード
首位 パドレス   
7位 アストロズ 6


午後7時プレイボールの試合であれば、通常、午後4時くらいに選手たちはポツリポツリとフィールドへ現れる。「決まった時間に選手全員がグラウンドに集合し、みんなでアップする」と、いうのが日本人の私たちにとっての常識。しかし、少なくともアストロズに限って言えば、私はこれまでに一度も日本式のやり方を見たことが無い。
 結局アストロズはフィリーズとの3連戦を無残な3連敗と言う形で終わった。
 今回の日米野球で火を噴いたライアン・ハワードや「強打の二塁手」という新しいタイプのチェース・アトリーに注意が引き付けられる中、この3連戦は「俊足好打の遊撃手」ジミー・ロリンズに引っかき回された感が強い。このロリンズのような選手がアストロズにいないのが苦戦を招いている理由の一つだが・・・。

 ミニッツメイドパークは開閉式ドーム球場ではあるが、ヒューストン地方の暑さが厳しくなる6月過ぎから試合中は常に締め切っている。試合前から開いている屋根が、今日はいつまでたっても動く気配が無い。
 一説によると無残な3連敗と言う結果にオーナーが怒り、「エアコンの中でプレイさせるなんてとんでもない!!」と言ったそうで、閉めることを許さなかったとか・・・。
 さらにグラウンドに目をやると今まではポツリポツリと登場してきた選手たちが、全員揃って練習しているではないか。
 「オーナー怒り説」が一気に加速する。
 しかしながら選手の表情には優しさがあり、完全にシーズン諦めた匂いが漂う。

 それにしても久しぶりに屋根をあけると実に気持ち良い。思わず嬉しくなり客席をぐるりと一周してきた。
 この「屋根開き」が良い気分転換になったか、この日まで3勝9敗と大きく負け越している苦手レッズに快勝。
 日本でもアメリカでも優勝争いの緊張から解放されたチームは強い。地元スポーツニュースではロジャー・クレメンスの身辺と、来期の補強ポイントの話が出始めた。


10月10日「最終コーナーNo2」



ナショナルリーグ中地区
9月15日 VS フィラデルフィア・フィリーズ

アストロズ 3−4フィリーズ

71勝75敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 レッズ 5.5
3位 アストロズ 7

ナショナルリーグワイルドカード
首位 パドレス   
6位 アストロズ 5


私はスタジアムビジョンを切り替えるテクニカルディレクター(以下TD)のポジションを心底愛している。しかし今シーズン、ここまで私がTDの椅子に座ってアストロズの勝利を見たことはない。優勝するためにこの10連戦を乗り切らなければならないことを考えると、この初戦は是が非でも勝ちたい。
 9月15日、私はTDの椅子に座っていた。
 自分がプレイするわけではないが、試合に一番近い存在の一人としてやはり緊張する。
 この日は「ロケット」ことロジャー・クレメンスがマウンドに上がった。しかし、クレメンスは初回に満塁弾を浴びてしまう。

 グランドスラムを浴びた後、クレメンスは立ち直り、アストロズ打線も中盤に3点を返した。
 9回裏、フィリーズのマウンドにはニューヨーク・ヤンキースでセットアッパーを勤めた守護神トム・ゴードンが上がる。
 1点差。なんとか追いつきたい。
 先頭打者のオウブリー・ハフが二塁打を放つ。同点が現実味を増す。
 
 私たちは中心打者にバッターイントロビデオを作っていた。20秒ほどのハイライトビデオにエフェクトをたっぷり使用した派手な映像だ。
 通常、選手アナウンスがされている最中は、ウェイティングサークルから打席に向かう選手の様子をスタジアムビジョンに映し出す。しかし、「ここぞ」という場面ではライブショットの代わりにこのイントロビデオを使用した。最近の応援団風に言えば「チャンステーマ」だろうか。
 ベンチ横のカメラマンからインカムで連絡が入る。
 「バークがウェイティングサークルにいるぞ!」。
 クリス・バークは強打者ではないものの、俊足好打の選手で05年のリーグ優勝決定戦では、延長18回の勝負を決めるサヨナラホームランも放った勝負強い選手だ。
 私はすぐにビデオ再生担当者に指示する。
 「次、バークのイントロ行くよ。準備しといて」。
 打席にいたルーク・スコットが内野フライに倒れる。スタジアムアナウンサーのボブがコールする
 「7番エヴァレットに代わりまして、ピンチヒッター、クリス・バーク!」。
 それと同時に私は指示を出す。
 「Roll it!(バークのビデオを再生しろの意味)」。
 再生されたと同時にそのビデオをビジョンに映す。満を持してバークが登場。舞台は整った。
 私たちの想いが通じたか、バークは執念の内野安打。この時、私たちはアストロズが逆転し、ミニッツメイドパークが今シーズンもっとも揺れると確信していたのだが・・・・。
 後続が倒れ万事休す。アストロズは大事な初戦を落とした。


9月14日「最終コーナー」

2006年シーズンはセントルイス・カージナルス24年ぶりのワールドシリーズ制覇で幕を閉じた。
 デトロイト・タイガースとの世界一決定戦。カージナルスは、2戦目こそタイガースのベテラン左腕ケニー・ロジャースに翻弄され落としたものの、終わってみれば4勝1敗とあっさり勝ってしまった。
 しかし、そんな最強カージナルスもナショナルリーグ中地区での戦いにはワールドシリーズ以上に苦戦した。
 たしかに今年の世界一軍団はMLBを勝ち抜き、盛り上げたが、その裏にはヒューストン・アストロズの追い上げが人々の注目に拍車をかけた。
 残り16試合で8ゲーム差。シーズン終了間際の舞台の裏側。私の体験したレギュラーシーズン最終コーナーをお伝えしよう。

9月14日 移動日

71勝74敗

ナショナルリーグ中地区
首位 カージナルス   
2位 レッズ 5.5
3位 アストロズ 7

ナショナルリーグワイルドカード
首位 パドレス   
6位 アストロズ 5


アストロズ・ジェネラルマネージャーのティム・パパーラはタンパベイ・デビルレイズからオウブリー・ハフを獲得した際に言った。
 「我々は後半型のチーム。去年はこの時期にカージナルスを11ゲーム差近くで追っていたが、今年はまだ6ゲーム。チャンスは私たちにある」。
 あれから2ヶ月立ったが状況は全く変わっていない。オフィスもどことなく諦めムードだ。
 それでも、ワイルドカードまでは5ゲーム差。しかもその中にアストロズを含め6チームが入り組む。
 「潰しあってくれればチャンスはある」。
 地元のスポーツTV局は報じた。

 自分の中で思うことがあった。
 今日からホーム10連戦。これが今年最後のレギュラーシーズン・ホームスタンド。ここを8勝2敗最低でも7勝3敗で乗り切れば地区タイトルは無理にしてもワイルドカードのチャンスはある。
 私は選手ではないが、なんとかチームを助けたかった。考えた末出した答えが「鳥肌の立つようなカッコいいゲームイントロビデオを作り試合の頭からスタジアム全体を鼓舞する」だった。
 基本コンセプトはしっかりとあった。
1.今年はかなり厳しい。
2.それでも私たちは諦めない。
3.中心選手の名前を出し、彼等を信じる。
4.最後にBelieve the Buzz(今年のキャッチフレーズ)このメッセージを選手のプレーシーンの間に入れる。
 問題は選曲にあった。私がヨーロッパで見つけてきたスポーツに相応しいと思った曲はNGとなった。私自身はどのスポーツにも合うと信じていたが、アストロズのスタイルに合わないと皆が口を揃えた。次に用意した曲も却下された。歌詞の中に「Can you take me higher?」とあった。このフレーズをかけてメッセージを散りばめようと思ったが駄目だった。歌っているアーティストの公共イメージが原因だ。
 カービーからはある音楽を進められた。ヒップホップテイストの音楽だった。たしかに歌詞の中にいい言葉が入っていた。
 「お金なんか関係ない。俺たちはただ勝ちたいんだ」。
 しかしヒップホップミュージックの速さは今回の「鼓舞する」と言うコンセプトと少しかけ離れていた。ため息が出た。

 この時点で夕方4時半。
 時差出勤をするブロックはオフィスを後にした。私も小休止がてらにトイレに行った。
 戻ってくると流行の最先端を行くカービーのコンピューターから軽快な音楽が聞こえる。優しいパンクロックと言ったら分かってもらえるだろうか?
 blink 182のメンバー、トム・デロングとOffspringのドラマー、アトム・ウェイラードが新たに立ち上げたバンドAngel & Airwavesの看板曲「Adventure」だ。
 曲は決まった。
 後は明日のプレゲームセレモニーまでに「Adventure」とコンセプトをまとめるだけだ。


9月28日「Lakeland卒業生たち」

 Lakeland Tigersで一緒に働いていたOwenから電話がかかってきた。
 「今そばにテレビある? ESPNを見てみろよ! 面白いヤツが投げているぜ」。
 丁度町を歩いていた私は近くのスポーツ用品店に飛び込み、画面を見る。すると、昨年Lakelandでプレイしていた投手がAAAのチャンピオンシップで投げているではないか。良く見ると顔つきも去年より鋭くなっている。

 早いものでLakeland Tigersで過ごしたシーズンからもう1年以上経っている。Lakeland Tigers史上最高に強かったチームの面々はDetroit Tigersで、また別のチームで着々とステップアップを繰り返し、あるものはシングルAから一気にメジャー昇進を果たした。

 Minor League職員奮闘記で何度か登場したJustin Verlanderの事をデトロイトエリアで知らない人はもういないだろう。
 タイガースの若きエースに成長した。今期すでに17勝。サイヤング賞も狙える位置だ。
 彼の場合、Lakelandに在籍していた時から主役だった。従ってこの活躍ぶりはある程度予想できた。その一方、Lakelandで地道に頑張っていた連中が輝く時ほどうれしいことはない。

 Detroit Tigersはトレード期限ギリギリでSean CaseyをPittsburgh Piratesから獲得した。見返り選手はマイナーリーガーのBrian Rogersだった。
 本当にごく一部の選手しか知らない無名の選手。その朝、寝ぼけ眼でこのニュースを見て私は驚いた。まさかBrianの名前がESPNに載るとは・・・。
 投手事情の苦しいPiratesはすぐにBrianを25人ロースターに入れた。

 それから約2ヵ月後、BrianはAstros相手に投げた。
 延長戦で登場。迎えるバッターはAstrosの顔Craig Biggio。Lakelandで最高のセットアッパーだったBrianが大ベテランBiggioにどんな投球をするのか楽しみだった。
 結果。Biggioを空振り三振に切ってとる。解説者もBrianのスライダーを褒めちぎる。Astrosにはもちろん勝ってもらいたいけれど、Brianの素晴らしい投球も嬉しかった。
 スタッフを含めLakeland卒業生たちは必死にメジャー定着、自分の道を目指している。自分もがんばらないと。


9月17日「批判コラムを書かれた!!」

 ある日上司のKirby Kanderに呼ばれた。
 「ユータちょっとこれを見てくれよ!!」プリントアウトされた記事を簡潔にまとめるとこんな内容だった。
 「Minutes Maid Parkの演出は他の会場に比べてうるさすぎる。携帯電話でワイフと話すこともできないし、野球独特の「間」を消している」。
 私が記事を読みきるのが待てないKirbyは急かすように私に尋ねる。
 「これどう思う?」。

 日本で育った私達にとって、メジャーリーグの会場が「やかましい」と思うことはまずない。
 たしかに、Fenway Parkやその他シンプルな演出を売りとしているクラブに比べてMinutes Maid Parkは賑やかだ。しかしAstrosの場合、この賑やかさが特徴的なのだが・・・。

 Kirbyは言う
 「極稀にヌーニー(スタジアムDJ)が音楽を引っ張りすぎる事があるけれど、俺たちはベストの仕事をしている。こんな記事は気にしなくていい。それに、取材中(仕事中)に嫁に電話する記者の方がおかしい!!仕事をしてないと自分で認めているようなものじゃないか!!」。
 この記事を見たクルー達は一様にその記事を批判し、ゲームが盛り上がると、「ファンが騒いじゃって電話が出来ないよ」と皮肉を込めた冗談を連絡用無線で走らせる。

 Astrosで最も人気のあるCraig Biggioが打席に立つ。
 「Bi・ggi・o!」。
 ファンは叫ぶ。それはまるで彼等がヌーニーにBiggioコールのリズムを流すよう煽っているかのように聞こえる。ファウルでプレイが切れた時、ヌーニーはそのリズムを流す。
 Astro Domeの頃からAstrosの音楽を担当しているヌーニー。彼は指をボリュームのつまみの上に乗せ、その日の観客の状況に応じて微妙に動かす。そのリズムに合わせファンは背番号7の名前を叫ぶ。Minutes Maid Parkが1つになる瞬間。
 プレスボックスという特別な空間から難しい事を書く批評より、ファンの楽しんでいる様子の方が真実を物語っていると思うのは私だけだろうか?


9月10日「ESPN日曜中継」

  ESPN(アメリカスポーツ専門ケーブルチャンネル)の日曜日に放送される野球中継を見られるのであれば見たほうがいい。なぜならアメリカでもっとも卓越した人々が制作を行っているからだ。

 では具体的に普通の放送とどのように違うのだろう?
 まず、息を吸わせる間もなく、画面が変わる。
 例えば、得点チャンスシーン。
 一球一球の間に、集中している投手の顔のアップをとり、次に打者の真剣な顔にカットを変える。ここまではよくあるパターンだけれど、ESPNの日曜中継はこれにプラスして両チーム監督の勝負を読む表情を映し、さらにベンチにいるチームメートの緊張する様子にカットを変え、場合によっては祈るようなファンにカメラを回す。
 これだけ目まぐるしく変わると放送にスピード感が出てくる。野球は一球一球の間が面白いと言う人もいれば、その間が長すぎると、言う人もいる。ESPNの日曜中継はその間を良い方向に消している。

 日本のジャイアンツ戦放送と、アメリカの放送を比べてみた。
 両放送ともに良い点、悪い点があるのだけれど、決定的な違いはカメラの動きである。
 俊足選手が塁に出た。走者の動きからも目が離せない。
 日本の場合リードをとる様子を映してから、すぐセンターからの画面にカットを変えるだろう。
 アメリカの場合、塁を盗もうとするランナーの顔から徐々にズームアウトしていき、ピッチャーが走者を気にする様子も画面に入っていく。そして投手が投球動作に入った瞬間センターからの画面へ。
 この「徐々にズームアウト、徐々にカメラを動かす」と言うのが、カメラマンからしてみると、一昔前に流行った「イライラ棒」のようにストレスが溜まる。
 難しいといえばたしかにそうなのだが、この「カメラマンのイライラ感」が日米の差ではないだろうか。
 
 もちろん好き嫌いの個人差や、日米で放送に関するガイドラインの差、私の知らない放送常識あるのかもしれない。しかし、私が視聴者の立場で見たとき、カメラの動きが多くあった方が、より面白い番組に見えた。

 カメラの動き、素早いカットはスタジアムのファンに向けて野球を放送しているBallpark Entertainmentの私たちにとって大変参考になるし、ESPNが用意するCGやビデオクリップも時代を先取りするものばかりなので大変勉強になる。
 だから私は日曜日の野球中継から目が離せない。


8月29日「初先発」

 チャンスは突然回ってきた。
 その日はストライク、ボールのカウントを計る係のはずだった。ところが前日、「明日、テクニカル・ディレクター(以下TD)ね」と、上司に言われた。
 「明日先発投手ね」。
 グラウンドで言えばそんなところだろうか…。

 以前この奮闘記でも説明したが、TDとはスタジアムビジョンの切り替え役である。
 TDが円滑にスタジアムアナウンサーやその他のポジションとコミュニケーションがとれないと、せっかくのショーが台無しになってしまう。
 「いくら素晴らしいビデオを作り、カメラマン達が最高の絵を持ってきてくれても、TDが未熟だとショーのクオリティが下がってしまう。だからTDにいい人材を置きたいんだ」。
 私の上司はTD論になると必ず同じセリフを話す。
 力関係で言ってもプロデューサーの次に重要なポジションで、履歴書に「OO球団のTD経験有り」と記されていると高い評価を得られる。

 パート、パートを繋ぎ合わせれば一試合に換算できるけれど、丸ごととなるとこの試合が初めてだった。
 試合の前日は実に緊張し、落ち着かないので友人を無理やり誘い食事に出かけた。偶然この日グラウンドでの先発投手はメジャー初登板、初先発のジェイソン・ハーシュで、ビジネスサイド、グラウンドサイドで初物が続いた。

 私はアストロズに来た初日からこのポジションに興味を持ち、試合日にやってくるTD達の時間を少しずつ拝借して練習を重ねてきた。
 他のメンバーが座る椅子は緑なのに対し、TDが座る椅子は赤い。
 最初は赤い椅子の座り心地が悪いことこの上なかった。ショーを任せられている物凄いプレッシャーに負けていた。コントロールルームでとにかくTDをやりたいと言う自己アピールをしていたけれど、実際あの椅子に座るのが物凄く怖かった。
本来のTDに指示を出してもらい、言われたとおりにスイッチを切り替える作業から始まり、自分の好きなように操作できるまでに2ヶ月かかった。

 他のTDはどう考えているかわからないが、私は8回表のアテンダンスクイズが一番難しいと思っている。
 CGと言って、映像の上に文字を映し出す機能があるのだけれど、これの扱いが少し厄介なのだ。
アテンダンスクイズではこのCGを複数使う箇所があり、さらにアテンダンスクイズ後にはこの試合のハイライトも流さなければならない。実に忙しい。

 結局、一度間違ってFox Sports NetのTV放送を一瞬流してしまった以外、無難に試合を運営する事が出来た。
 残念ながら試合は負けてしまったけれど、一試合通してTDをこなした事が大きな自信になった。事実、翌日もTDをしたが、試合前はこの日ほど緊張することも無く、リラックスして臨めた。
それではもうあの赤い椅子が怖くないかと言うと、そうではなく、赤い椅子に座るとそのプレッシャーから気を引き締められる。またそのプレッシャーの中で試合を回すのが楽しくてたまらない。
またあの赤い椅子に座るために、一日一日、一瞬一瞬をがんばろう。


8月15日「延長18回、その裏で…」

 その日は夕方から様子が変だった。
 昨日まで正常に働いていた音響機器に異常が出た。データベースにあるビデオの音が出ない。
 試合前プロモーションのスタート時間が過ぎても状態は変わらず、コントロールルームに流れるプレビュー音声はノイズばかり。
 「ビデオがなくても、カメラとミュージックがあればショーはできる!!」。
 上司が少し熱っぽく発言したのが懐かしい午前12時46分。
 クリス・バークがピッチャーゴロに倒れ、ようやく試合が終わった。

 試合時間は5時間46分。
 1日の約4分の1にあたるこの長さ。さすがにトイレの我慢にも限界がある。
 延長戦も本格化してきた11回過ぎ、まずテクニカルディレクター(以下TD)のスティグがSOSを出す。彼はスタジアムビジョンの切り替え役なので、一瞬たりとも試合から目が離せない。タイミングを見計らって、僕がTDの椅子に座る。
 スティグが帰ってくる。カメラマン達からのラブコールを受ける。
 アストロズは両ダグアウト脇に1台ずつ、3塁側中2階に1台。センター後方に1台、合計4台の固定カメラと1台の移動カメラで試合を回す。
 まずはフィールドレベルの連中を助けに階段を下りた。もう一人のインターンは中2階を助けに行った。センターのカメラマンは器用にも、映像が必要でない投球間に用を済ませた。

 12回も過ぎてくるとゲームプロモーションやビデオが底をつく。
 試合終盤はスタジアムの意識から勝ちにこだわらせるように、速いテンポの音楽で心が躍るような好プレイ集のビデオを流す。今シーズン、アストロズはこのビデオを攻撃編、守備編各三本用意しておき、その場面に備えていた。しかし、この試合の数日前に主力選手だったプレストン・ウィルソンが退団した。彼の姿は流せない。再編集しないと試合では使えない。
 まさに飛車角抜きのアストロズ・ボールパーク・エンターテインメント。この回辺りからみんな即席のアイデアを考え始める。

 即席プロモーションで真っ先に登場してきたのが「トレイン野郎」こと太っちょボビーである。
 ミニッツメイドパークのレフトスタンド上にはレールが敷いてあり、電動で動く機関車がその上を走行する。彼はその機関士だ。
 彼の仕事は単に機関車を往復させるだけではない。重要な局面になるとコントロール・ルームから連絡が入り踊りだす。体系を活かした不思議な動きで観客を楽しませるものから、鋭い顔で耳に手を当て観客を煽るものまで彼のダンスは幅が広い。
 ボビーを2回連続で起用し、なんとか13回の攻防を乗り切ったが、2度目のダンス後半から彼の息が荒くなるのが画面からも伝わってきた。1試合で1度出番があるかないかのボビーだから無理もない。
 彼の燃料が切れる様子を見てコントロール・ルーム一同は大爆笑。みんな早く家路に着きたがっていたが、稀なシチュエーションを楽しみだしてきた。

 延長15回。上司が14th inning stretchをやり忘れたことに気がつく。
 スタジアム・アナウンサーに「おっと!気がついたら15回だ。じゃあ、15th Inning Stretchをやろう!!」と言わせ、今夜二回目の「Take me out to the ball game」が始まった。
 アストロズの7th Inning Stretchはセンター後方にあるCoke Stageという特別席の観客が踊っている様子にピントを合わせ、曲が流れ始めるが、延長15回にもなると、その席には誰も人がいない。
 「Stretchは良いけど、どうやって始めよう?」。
 15回表、一死。ここで僕がアイデアを出した。自分が今からCoke Stageに行って傘をもって踊るからいつも通りやろう。
 ここから物凄い勢いでスタジアム真反対のセンターまで走った。
 ファースト後方で無線を落とす。拾いに戻る。無線を取り上げようと屈む。屈んだ拍子にもう必要のないサングラスを落とす。間が悪い。
 ようやく外野席に着く。どうやらバッターは三振したらしい。アウト一つでチェンジだ。
 センターにたどり着き、階段を駆け上り最上階へ。歓声が聞こえる。どうやら初球を叩き、打ち上げたらしい。相手バッターだけど粘って欲しかった。
 最上階の廊下を駆け抜けCoke Stageへ。
 素早く胸から下がるクレデンシャルを外す。ビジョンに映る時に約束事だ。
 定番の前奏が流れる。なんとか間に合った。
 素早く傘を広げ、なぜか「東京音頭」の動き。神宮球場のようにビジターファンから「雨降ってないぞ〜!」と野次が飛ぶ。あれ?なんか違う。

 延長17回裏、スティグが二回目のトイレコールを出す。
 18回表、力投を続けるボッコフスキーが三振をとる。
 奪三振の雄姿をもう一度を出そうと思いリプレイ係に声をかける。返事がない。良く見ると寝ている。無理もない彼は学校の先生で放課後のアルバイトとしてスタジアムに来ている。アメリカの学校は午前7時から授業がスタートする場合もあるから、彼の生活リズムだととっくに寝ていなければならない。早く仕事から解放されるという理由からゲームクルーには教師が多い。
 コントロールルームに疲労の色が目立つ。そろそろ限界か・・・。そう思った瞬間、カブスのマット・ムートンが2点タイムリーヒットを放つ。みんなホッとした表情。勝負は決まった。

 この試合で一番きつかったのは誰だろう?
 休憩を挟んで試合を回し続けたスティグ?
 リリーフで登場し、最後まで投げたデーブ・ボッコフスキー?
 10回も打席が回ってきたのに一度もヒットが打てなかった主砲ランス・バークマン?
 いやいや、9回裏勝利目前で勝ち投手の権利が消えたロジャー・クレメンス?
 残念ながらこの中に正解はいない。一番厳しかったのはスタジアム・アナウンサーのボブに違いない。彼の声に代わりはいない。冗談で「ユータちょっと代わってくれよ」と何度か言われたけれど彼は一度も席を立つことなく5時間46分選手の名前を呼び続けた。まさに鉄人。そんなプロフェッショナルなボブを尊敬せずにはいられない。


8月8日「みんなでそわそわ」

 「アストロズはチームが良い方向に進むよう、期間内最善の策をとります」。
 七月半ばにタンパベイ・デビルレイズからオウブリー・ハフ選手を獲得記者会見の席で、ティム・パパァラGMが述べた。それから約2週間。トレード期間締切日がやってきた。

 間違いなくチーム編成部が一番忙しい。彼等がこの「イベント」の主役だからだ。
 次に慌しいのは広報だろう。もしトレードが成立したら記者会見を開かなければならないし、実際3時のトレード締め切り時間を前にして各局の報道陣が本社ロビーに集まってきた。
 その次に気をもまなければならないのは僕等Ballpark Entertainmentだろう。僕等も一般メディアに混ざってカメラを回し、場合によっては新加入選手の個人インタビューも撮る必要がある。トレードが成立した瞬間、電話がかかってくる事になっていた。

 注目の7月31日は試合がなかった。
 8月の試合に向け色々な編集をしていたのだけれど、仕事が手につかない。自分の上司も同じだ。みんなESPNや、インターネットにかじりついた。双眼鏡で窓から見えるGMのオフィスを覗くものまで現れた。
 「プレイオフに行くには何らかの補強が必要だ。だからビッグネームが来て欲しい」。
 この思いは皆同じだ。各メディアも色々なところから噂を集め報道する。
 3時が近づくにつれ、オンラインニュースが頻繁にアップデートされた。まさかのあの選手が放出要員。思いも寄らないチームと交渉中。上司がとある新聞記者から聞いた大物獲得の噂。
 しかし一向に電話はならない。自分は午後から外部に頼まれた昔の映像を探しに倉庫に行かなければならなかった。上司に電話が来たらすぐ携帯電話に連絡をもらえるよう頼んでコントロールルームを出た。

 結局タイムアップは倉庫で迎えた。
 連絡無し。駆け込みトレードはなかった。
 「なぜ誰も獲らなかったのか?」
 その説明をプレスの前でしたそうだったが、その手の発表は僕等の部署には無縁だ。
 必要な古いビデオを見つけると素早くコントロールルームに戻り、足早に家路着いた。不完全燃焼な一日だった。


7月29日「@ダイニンングルーム」

 メジャーリーグとマイナーリーグの違い。
 もちろんプレーも観客の数もイベントの規模も桁違いだ。そんな中で一番身近な違いは試合の前に出る食事だ。

 Lakeland Tigersに所属していた当時、試合日の夕飯はスタジアムの売店から支給されていた。
 野球といえばホットドッグ。つまりスタッフは毎日ホットドックが食べ放題だったわけだ。
 マイナーリーグとはいえ、レギュラーシーズンのホームゲームは年に70試合。さらにスプリングトレーニング、プレイオフを含めれば年に100試合はこなしていた。さすがに3日に1回ホットドッグを食べていると飽きてしまう。

 メジャーリーグはマイナーリーグのそれと比べると一味違う。
 チームスタッフ、メディア、その他ゲストのためにダイニングルームがスタジアムに設けられていて、毎日違う種類の食事がケータリングされてくる。
 今日はメキシカン、明日は中華、週末はデーゲームなのでパンケーキと目玉焼き。さらにスタジアムネーミングライツのオーナー会社、ミニッツメイドからはフルーツジュースが提供され、アイスクリームも複数用意されている。
 ダイニングルームは試合3時間前からオープンする。その時間が待ち遠しい。

 さてこのダイニングルーム、楽しいのは豊富なバリエーションだけではない。まるでマンガのような世界だ。
 スポーツ専門チャンネルESPNに「Sports Center」という看板番組がある。野球をはじめ、その日にあったメジャースポーツの結果を映像付で伝える番組。言ってみれば、アメリカ版の「すぽると!」だ。
 その「Sports Center」の番組宣伝が面白い。
 「○月×日12:30PM @ ESPN Cafeteria 」
 舞台はESPN本社の食堂。長い長いテーブルで、スポーツアナウンサー、コメンテーター、マスコットキャラクター、有名選手が、肩を並べて食事している。
 色々なバージョンがあるのだけれど、そのカフェテリアで彼等がスポーツに関連したハプニングを起こすのがこのCMのコンセプト。

 学生当時の私は「こんな話があるわけがない」と、思いつつも、「創造性豊かな宣伝だな」と、感心しながらTVを眺めていた。
 まさにフィクションの世界。しかし、こんな食堂が実際に存在した。
 ミニッツメイドパークのダイニングホールである。
 食事をお皿に盛り、席に着くと、隣の席にはチームをワールドチャンピオンに導いたこともあるあの解説者が談笑している。スパニッシュチャンネルのアナウンサー氏は私にスペイン語を教えてくれる。レフトスタンドにある機関車を運転しているチームのマスコットボーイもにこやかに食事をしている。部屋の奥を見れば、アストロズGMが難しい顔をしながら側近たちと話している。
 なかなかハプニングは起こらないけれどあのコマーシャルは嘘ではなかった・・・。

 マイナーリーグは「ハンバーガーリーグ」、メジャーリーグは「ステーキリーグ」と別名で呼ばれている。
 スタジアムダイニングホールで食事の質より、精神的な部分でステーキ並の豪華さを肌で感じさせてもらった。


7月22日「ボールパーク・エンターテインメントって?」

 Ballpark Entertainment Department と聞いてどんなものを想像されるだろう?
 スタジアムを楽しくする部署? マスコットキャラクターのきぐるみなどを管理する部署?…
 おそらくピンとくるアイデアを持っている方は少ないだろう。

 Houston Astrosのオフィスは通常ユニオンステーションと呼ばれる建物の4階と5階にある。スタジアム内部から見れば、レフトポール後方にそびえるレンガ造りの建物だ。
 Ballpark Entertainment DepartmentもHouston Astrosの一部だから、ユニオンステーションに拠点を構えていてもおかしくない。しかし事実上、オフィスはグラウンドから見れば、バックネット裏2階に位置する。フィールド一面が見渡せる特等席だ。

 Ballpark Entertainmentのオフィスに入る。
 業務用ビデオデッキにカメラ、スローリプレイ機材、その他見たことのない機器の数々。スクリーンから伝わってくるテレビ局のイメージそのものだ。
 それでは一体どんな業務内容なのだろうか?

 スタジアムビジョンには試合中常に絶え間なく「絵」を映しておかなければならない。
 カメラを使いライブ中継。前もって準備していたムービークリップを流し、選手達が打席に立つ時彼等の顔写真も映し出すことも忘れてはいけない。
 ライブショットはカメラさえ用意しておけばすぐ取れるが、ムービークリップやイメージ画像は前もって準備しておかなければいけない。
 Ballpark Entertainmentは日夜、自分のチームが魅力的で格好良く映るような、それでいてファミリーで楽しめる娯楽を考えそれをムービークリップや画像にして試合中流し、観客の感動を音楽で後押している。
 エキサイティングなボールゲームをスタジアムビジョン、音響を使いそれそのものが持つ魅力をさらに引き出す。これがBallpark Entertainmentの仕事だ。

 この部署では試合のことを「ゲーム」と呼ばず「ショー」と呼ぶ。
 ここのオフィスに出入りする人間は皆TV番組や、ライブイベントを回す人間ばかり。一番のボスはプロデューサーと呼ばれその下にディレクターがいる。
 「野球場のテレビ局」Ballpark Entertainment を簡単に説明するとしたらこの言葉がピッタリ当てはまるのかもしれない。


「4. いざメジャーへ!!」

 思えば電撃採用だった。いよいよメジャーリーグの舞台に足を踏み入れることになった。

 あの朝の電話で一通り今まで何を経験してきたかを聞かれた。話の最後にシーズン開幕後にヒューストンに来て欲しいと言われた。面接に違いない。
 空港でスーツに着替え、Minutes Maid Parkに向かった。
 Houston Astrosからの電話の後、近所のマイナーリーグチームと今シーズン絶好調のあのチームから連絡をもらった。ただしどちらの話も聞く限りでは自分の成長ができる環境ではなさそうだった。
 アストロズを逃したら後はない。少し緊張しならが少し他の州より早い高速道路をレンタカー走りぬけた。

 電話の声の主がスタジアム正面で待っていてくれた。
 彼の名前はKirby Kander。Directorというタイトルを持っているにもかかわらず、まだ30代。思いのほか若かった。
 彼はスタジアムについてからすぐに昼食をご馳走してくれた。
 「カジュアルな面接?」この思いが頭をよぎる。
 しかし、今思えばヒューストンに着いた時点でAstros入りは決まっていたようなものだった。

 コントロールルームに入った瞬間、見たこともない機材が溢れていた。
 それに物怖じしていると、Kirbyは「今すぐにここにある機会を使いこなせるとは思っていないから大丈夫。安心しなさい。時間がかかるかもしれないけれど、アストロズの業務を通して1人前に育てるから」と私に言った。
 アメリカでも随一の保守的な州テキサスに来ること、卒業後の初めての進路だということ、その他諸々自分の道を切り開くことに物凄く不安だった。しかしこのKirbyの一言で安心した。この上司とならうまくやっていけそうだ。
 なによりコントロールルームから見えたメジャーリーグのダイアモンドが私の心を躍らせた。

 採用形態はインターン。
 卒業後すぐにヒューストンへ引っ越すことが決まった。
 世界最高峰の野球リーグで働く。この先どんなことが待っているのか。
 ビックリーグでの冒険が始まる。


「3. ヒューストンからの春?」

 2月下旬。
 地元MLB球団から限りなく不採用に近い返事をもらい、私の気分はどん底に落ちていた。
 面接から予想に反する答えをもらうまでの間、いくつかのメジャーリーグクラブから連絡があった。念には念をと言うことで地元クラブと面接を受けた後も各球団に履歴書は送っていた。そのうちのいくつかが返事をくれた。それでも、地元球団に採用されるつもりでいたので、その他のチームからの話はそこまで真剣に受け止めていなかった。正に寄りかかっていた壁が抜けたような感覚である。それだけに呆然としていた。

 そんな中、2つの球団から具体的なメールをいただいた。
 1つは東海岸、もう1つは西海岸のチームだった。どちらも「面接に来ないか?」という内容だった。

 西海岸のチームにすぐ電話をした。
 メールをもらった翌週にグループ面接があるので来て欲しいと言われた。しかし、「開幕戦から働けることが条件だ。」とも伝えられた。
 会話を進めていくうちに先方も腹を割って話してくれた。面接とは言うものの、Lakelandの実績を考慮して、開幕戦からスタートできさえすれば、採用してくれる方向でいたそうだ。先方は何度となく「タイミングの問題だ」と繰り返した。
 このクラブは5人見習い枠を用意していた。もし卒業までの間に1人でもリタイアが出るようであればすぐに連絡すると私に伝え会話を締めくくった。

 東海岸のチームからのメールには「3月のはじめにスタジアムに来て欲しい。」と書いてあった。ただし、15試合以上休んではいけないという条件がついていた。
 学校のスケジュールとそのクラブのスケジュールを照らし合わせる。どう考えても20試合は休まなければならない。学校側に掛け合った。
「今専攻しているクラスを通信制にできないか?」1つのクラスが実技中心の授業だったのでこの案は不可能だった。
 「ホームゲームのない一週間はキャンパスに滞在し、ホームゲームのある週はそのフランチャイズに住。」これはアドバイザーに断固反対された。卒業論文とその発表をこのハードなスケジュールと共にこなすのは薦められないとのことだった。
 「通信制にしてくれる授業だけ修得し、それ以外は落とす。落としたものは他の学期で改めて選考する」これはビザの問題で諦めるしかなかった。大学生ビザは四年間有効だ。一応四年以内に卒業できなかった人のため、五年目に突入できる仕組みにはなっている。しかし、それをするには、例えば、「重い病気にかかりました。」「一生懸命頑張りましたが、どうしても成績が振るいませんでした。」と言ったような理由が必要だった。成績が振るいませんでした。と、いう風にすればいい。私はアドバイザーに提案した。しかし、幸か不幸か、自分の成績は落第するほど悪くなく、嘘をつくには無理があった。
 仕方なく正直に欠席せざる終えない試合数を先方に連絡した。「残念ながら・・・」と、言うメールが来た。

 メジャーリーグの各チームがキャンプインをして二週間が経過していた。
 この時期になっても返事が来ないということは、今シーズンの募集は締め切ったと思っても間違いではない。
 昨年のキャンプの経験から言うと、三月の二週目に入ると、スタッフは各ホームフランチャイズにもどる。この時期から各クラブ共にシーズンに突入する準備を本格的に始める。
 卒業後の即帰国が現実味を増してきた。
 地元球団で働くはずだったのになあ。
 午前中のクラスを終え、そんなことを考えながらベッドでうとうとしていると急に電話がかかってきた。
 Houston Astrosからだった。


「2. 繰り返した過ち」

 部屋に帰って自分のホットメールを開いてみる。見知らぬ西洋人からメールが来ていた。
 西洋人というのは、この時点でアメリカ人なのか、ヨーロッパからのメールなのかわからなかった。ごく稀にヨーロッパの知人やその彼の知り合い達がメールを送ってくる。
 話を戻そう。送られてきたメールを開く。
 「履歴書を受け取りました。あなたに興味があります。面接をしませんか?」
 簡潔に書かれていた。自分の大学のキャンパスからもっとも近いメジャーリーグ球団だった。

 履歴書を近所の球団に送ったのは、2006年になってから約1週間後。
 当時自分の身近な人たちと「近所のクラブで仕事ができたら、この街にも残れるし良いことだらけだね」なんていう話をしていた。
 しかし私の気持ちの中では雲をつかむような話だと思っていた。それだけその球団の敷居は高かった。そんな高嶺の花から履歴書を送った2日後に返事があった。まさに電光石火。期待しないわけがない。気持ちは高ぶったし、もういけるものだと確信していた。

 私は、昔の過ちをしてはいけないとわかっていながらも、同じ過ちをしてしまった。
 Lakeland Tigersでのインターンが決まる二週間前、Pittsburgh Piratesと春季キャンプインターンシップの面接をした。
 二次面接まで進んだ。絶対採用されると思っていた。自分には湘南ベルマーレ、クリスタルパレスFC、FIFA World Cup 2002と履歴書に経歴を記入する際、困ることはなかった。二次まで言ったのだから自分のものだと浮かれていた。春からPiratesだよ。と、皆に言いふらしてしまった。
 二次面接から一週間後、不採用と言う内容のメールが来た。

 2006年最初の月。
 浮かれてはいけないとわかっていながらも、同じ過ちを繰り返す道を歩き始めていた。今回はさすがに言いふらさないまでも、もうすでに4月からのプランを頭の中で立てていた。
 「授業が終わったらすぐにスタジアム入りして・・・」「ヤンキースと対戦する時は仲の良い日本人メディアが来るから・・・・」「スタジアムIDカードはキャンパス内で自慢できるだろうな・・・」。
 全くもって恥ずかしい限りである。
 地元MLBチームとの面接を終えたとき「今週は私たちの上司がいないから連絡は数週間後ね」と、言われた。なかなか連絡が来ない。しかしあれだけ早く返事が来たのだし、自分にはLakelandでの経験がある。落とされるわけがない。妙な自信があった。2月の終わりから3月の頭にかけては春季キャンプで忙しいだろうし、連絡が来るなら3月の半ばに違いない。勝手に決め付けていた。

 帰ってきた返事は「必要になったらまたこちらから連絡します」。
 期待していた返事とは違った。


「1. 就職活動スタート」

 2006年の野球シーズンが開幕した。
 ある球団は大物FA選手を獲得した。ある選手はトレードで新天地に移った。それぞれが新たなスタート。選手が移籍するのと同様に、チームスタッフも新天地を求めて動く。
 例えば、Lakelandで自分の上司だった人間は、今年からタンパベイ・デビルレイズでスイートルームのチケットを売っている。インターン仲間もそれぞれの道を進んでいる。チケットセールスが上手かったあいつは、彼の地元マイナーリーグチームに就職した。広報的な仕事をしていたヤツは、その能力を買われ、インターン最終日にLakeland Tigersからオファーを受けた。最後までマイナーリーグの仕事に馴染めなかったあいつは、実家に帰ってアルバイトを二つ掛け持ちしているらしい。
 そして自分は。5月に大学を卒業し、メジャーリーグ、Houston Astrosでインターンをすることになった。所属部署は前々から希望していた音楽と映像で試合を演出するIn Game Entertainment。

 10月の終わり。White Sox優勝で幕を閉じたワールドシリーズから数週間後。私は卒業後の進路に向けて動き出した。選手補強がオフシーズンに活発に行われるのと同様に、スタッフの人事異動、採用も同期間に行われる。
 メジャーリーグの各チームの公式ウェブサイトにはスタッフ募集ページがある。ワールドシリーズ終了後、そのページも少しずつ動き出す。
 私の希望部署は一つ。試合の演出をする部署である。チームによって呼び名が違うが、たいていIn Game EntertainmentもしくはVideo Board Operationなどと呼ばれている。
 メジャーリーグシーズン終了後のこの時点で、希望部署の求人はなかった。自分でもまだ早いと思っていたくらいなのだから無理もない。

 各チームは公式ウェブサイトで人材を募集する一方で、ツテをたよりにスタッフを採用する。特に高度な技術を必要とする部署、専門的な知識、能力が必要とされる部署では後者の傾向が多い。
 幸い、私にはいくつか知り合いがいるチームがあった。とあるメジャーリーグ球団と、アメリカプロサッカーリーグ、MLSの強豪チームである。さすがに始めから「就職希望」と連絡をするのも強引過ぎるので、何度かコンタクトをとってから履歴書を送った。

 何度かやり取りするうちにあることに気が着いた。
 野球のように毎日試合がないサッカーでは、演出部署を外部に依頼するそうだ。
 例えば、コロンバス・クルーと言うチームは地元のテレビ局に依頼し、スタジアムビジョンを運営してもらっている。つまり、サッカーのチームではビジョンだけを担当する正社員はいない。
 私としては、ビジョンの仕事をしつつ、空いている時間は他の業務に回るポジションを提案し、その強豪チームのGMに履歴書を送った。「履歴書は受け取ったけれど、あまり期待しないように。」と、GMから返事があった。

 知り合いがいるメジャーリーグ球団はMLS強豪クラブより感触が良かった。
 「まだ早いからまた履歴書を送りなおして。チャンスはあるから。」こういう返事が返ってきた。11月の終わりだった。