2004.12.10 コミッショナーという職は… 「私の責任において処分を行います」 NBA(全米プロバスケットボール)史上、極めて悪質な暴力事件についてコミッショナーのデビット・スターンは会見の冒頭で述べた。 11月19日、デトロイトでのピストンズ対ペイサーズ戦。 熱くなったファンが投げ込んだ紙コップがペイサーズ選手を直撃。するとその選手は怒りにまかせスタンドへなだれ込み、ファンと大乱闘を繰り広げた。 自体を重く見たNBAは即座に調査を行い、事件に関与した数選手に「シーズン残り全試合出場停止」を含めた重いペナルティを与えた。 冒頭の会見でコミッショナーはこうも言っている。 「我々のリーグが低下しないよう、最善の努力を尽くす」 リーグはその後、セキュリティ・システムや酒類の販売方法など、問題点が考えられる部分の改善に即座に着手している。 『コミッショナー』 辞書には「協会などで裁断権を持つ最高権威者」とある。(Web辞書gooより) また野球協約を見ると第二章「コミッショナー」項、第8条(2)に「下す指令、裁定、裁決ならびに制裁は最終決定である」と明確に記されている。 「私には権限、責任がないんです」 「ストライキになれば私はコミッショナーを辞めます」 同じ職にありながら、言動の違いには驚かされる。 揚げ句の果てに、NPB主催である日本シリーズにおいて試合途中で帰京していたという話も聞く。 そこには職務に対する誇りは皆無だ。『プロ野球』に愛情を注ぎ、理解しようという姿勢が感じられない。 前出のスターン氏はレギュラーシーズン中から試合が行われている会場へはどこかしら毎日、顔を出すという。もちろんプライベートの時間などほとんどゼロだ。最高のエンターテイメントのトップとして常に研究を怠らず、そして心底バスケットボールを愛そうとしている。 球界再編など揺れに揺れた2004年。 いろいろ問題はあるが、ゆっくりでも良い方向へ向かえばそれで良い。選手もファンもそう願っているはず。 ならば忘れてならないのは、この『コミッショナー』という問題である。 筆者は別に長嶋茂雄氏崇高論者ではない。「星野仙一氏が一番だ」とも思っていない。 しかし「何かを変えるにあたり、まずはカリスマが必要」というのなら、この2人に期待せずにはいられない。 かすかに見えてきた野球界の明るい光を消すわけにはいかないのだ。 2003.12.24 Merry Christmas & Happy New Year! これからもよろしくね 2003年も残すところあと少しとなりました。今年もおつき合いいただきありがとうございました。今年最後のコラムは私的野球界10大ニュースです。みなさんのニュースとぜひ比べてみてください。 10位「ボビー・バレンタイン、マリーンズ監督に」:95年同様、エキサイティングな野球を魅せてくれるはず。04年はミラクル・マリーンズを。 9位「ジャイアンツ原辰徳監督辞任」:いろいろあったオフのジャイアンツ。以前、あの“グータッチ”をさせていただきありがとうございました。 8位「広島新球場構想の挫折」:一番楽しみにしていた新球場。何とか実現に向かって欲しいのですが… 7位「日本代表アテネへ、そしてアメリカ敗退」:宮本キャプテンのもと見事、アテネ出場を決めた。アメリカが予選敗退したこともあり、今度こそ金メダルを。 6位「阪神タイガース優勝」:強かった。チャンピオンと呼ぶにふさわしいチームでした。個人的にはショート藤本の活躍がうれしかった。 5位「トモ大家、2年連続2ケタ勝利」:長距離移動下でこの成績はさすが。いまやエクスポズの柱に成長した。 4位「ロジャー・クレメンス引退?」:球場で一番声をかけずらい選手。オーラというよりも“怖さ”が全身から出ている。ロケットは今後どうするのでしょうか? 3位「ホークス日本一!」:周囲は騒がしかったが勝つことで黙らせた。日本シリーズは素晴らしい勝ちっぷりでした。城島が名実共に日本一のキャッチャーに。 2位「松井秀喜の大活躍」:やはりゴジラは凄かった。02年の日米野球で取材させてもらったこと(B-Time! No.1)がつい昨日のようだ。 1位「野茂英雄メジャー100勝」:95年の渡米から9年。同じ時代に生きられて本当に良かった。 いかがでしたでしょうか? 2004年は雑誌『Ballpark』も再開する予定です。今後ともよろしくお願いいたします。 それではみなさん Merry Christmas! そして、良いお年を! (次回は2004年1月7日の予定です) 2003.12.17 Long Distance? プロアマ間の雪解けを願う2 前回「プロアマ関係の雪解け」を願うことを書いた直後の13日、喜ばしい記事が新聞紙上を飾った。長嶋茂雄氏が日本高校野球連盟・脇村春夫会長と会談を持ち、プロアマ関係の発展を話し合ったという。脇村会長は「現状は正常ではない。一歩一歩改善していきたい」というコメントを発表した。素晴らしいことである。困難も多いだろうが、関係者各位には努力していただき一刻も早い関係改善をはかって欲しい。 14日、サッカー天皇杯で市立船橋高(千葉)が横浜Fマリノスと対戦した。惜しくもPK戦で敗れたが、2-0から終了間際に追いつくなど健闘しスタジアムを大いに沸かせた。選手たちにも大変な自信となり「これからJリーグでもやっていく自信がついた」という者もいた。 Jリーグでは高卒でいきなりレギュラーとして活躍する選手が多い。若年時代(10代前半)から国際経験を積めることともに、この辺にも理由の1つがあるのではないか。早くからその競技のトップ選手とプレーすれば吸収するものも多い。また何より刺激を受けモチベーションも高まり、「プロ入り」でなく「プロで活躍すること」を目標に定めることもできる。 ここ数年のプロ野球界を見ると、高卒1年目で結果を残した選手が少ない。99年のライオンズ松坂大輔以降、高卒1年目での新人王獲得者がいない。やはり若い選手の活躍なしには日本球界も盛り上がらない。プロアマ間の雪解けが様々な意味で野球界の活性化につながると思う。 2003.12.10 Long Distance? プロアマ間の雪解けを願う 周囲の人に思いがけない実力が引き出されることがある。スポーツの世界でもそういうことは多々ある。またレベルの高い世界に身を置くことで、「経験」という名の武器を身に着けられ、自らの成長を早めることもできる。(もちろん、それ相応の覚悟や努力が必要なのは言うまでもないが) 毎年この時期になると他競技の選手たちは「かけがえのない経験をしている」と感じさせられる。ラグビー界では大学選手権を勝ち抜いた学校が社会人の強豪と対戦する全日本選手権が待っている。サッカー界では高校生がJリーグのチームと直接肌を合わせる天皇杯がある。事実、今年の天皇杯では市立船橋高(千葉県)が勝ち進んでおり、12月14日にはJリーグ王者・横浜Fマリノスと対戦する。 野球界に目を移す。先日、東北高が高野連から厳重注意を受けた。プロ野球の指導に関わっていた元大学教授から指導を受けたのが理由だという。乱暴な言い方かもしれないが、前述した他競技の例とは逆の現象がいまだ起こっている。 プロアマ間には「引き抜き」などの暗い歴史があり、簡単な問題ではない。だが「少しでも上手くなりたい。強くなりたい」という純粋な選手の気持ちは尊重してあげたい。やり良い環境でスケールアップして欲しい。プロアマ間の真の“雪解け”が早く訪れることを祈っています。 2003.12.3 The Key Man ベイスターズ再建の鍵を握る男 俗にいう「ストーブリーグ」の真っ最中だ。連日、様々な話題を耳にするが、中でもベイスターズの補強に注目している。 現在、ベイスターズの編成業務を行っているのは山中正竹氏。山中氏は法政大時代に東京六大学リーグで通算48勝という大記録を達成した。その後はアマチュア球界で広く名を知られ、92年のバルセロナ・オリンピックでは日本代表監督として銅メダルを獲得。94年から9年間指揮を執った法政大では18季で7度のリーグ優勝を果たし、監督退任後、専務取締役としてベイスターズに迎えられた。実質の編成責任者として初めて臨んだ今ドラフトでは、自由枠で森大輔(三菱ふそう川崎)、吉川輝昭(日本文理大)という左右の本格派即戦力投手を獲得。725失点、防御率4.82(どちらもリーグ最下位)の守備面建て直しに着手している。 「山中さんはアマチュアのパイプはあってもプロのパイプがない。トレードなどでは苦戦するんじゃないかな」と以前、球界関係者が語っていた。今オフもほぼ決定事項だった小川博文のブルーウェーブ移籍が白紙に戻るなどのドタバタがあった。しかし長いビジョンで選手を獲り、育成し、チームを強化するという部分では山中氏ほどの適任者もいない。 球団代表などいわゆる「背広組」と現場、選手との溝の大きさを露呈する事件がいくつも起きている。いろいろ難しい部分もあるだろうが、現場を経験した人がフロントにいるかどうかで大きな違いが出てくると考える。そういう意味でもベイスターズの巻き返しに期待したい。5年、10年後の黄金時代を築く鍵は山中氏が握っている。 (お知らせ!!) 現在発売中のメンズ誌「Safari サファリ2004年1月号」(日之出出版)内に山岡編集長のコラム「イチローとメジャーリーグのニクイ関係」が掲載中です。 2003.11.26 God Bless Me 最後に頼るのは サッカー、Jリーグディビジョン2のアルビレックス新潟がJ1昇格を決めた。絶対的な有利が伝えられる中、終盤でまさかの失速。勝負は最終節にまでもつれ込んだ。決戦を前に、重苦しい雰囲気の中で選手達は1つの行動に出た。ゲーム当日、ピッチに現れた選手達には驚かされた。なぜならレギュラーのほとんどが頭を丸めていたからだ。 そういえばメジャーリーグでも同様のことをしていたチームがあった。ポストシーズンが進むにつれレッドソックスでは多くの選手が頭を丸め始めた。最後は選手達によってグレイディ・リトル監督までが丸刈りにされたほどだ。「頭を丸めることでチームに一体感が出て、力が湧いてくる」と捕手のジェイソン・バリテックが語っていた。 レッドソックスはまたしてもワールドシリーズ出場を果たせなかった。しかし「ベーブルースの呪い」を葬りさるため、たとえ何の根拠がなくとも、出来うることはすべておこなっているかに見えたのは筆者だけであっただろうか。(もちろん「ベーブルースの呪い」も根拠はないのだが…) 洋の東西、そして競技を問わず最後は同じこと、つまり“気合”や“神様”に頼るのは同じことのようだ。 2003.11.19 Mighty Toa 東亜大学の強さの秘密は… 日に日に風も冷たくなり、今年も野球シーズンが終わろうとしている。だが毎年、この時期の楽しみがある。それは神宮球場で行われる「明治神宮大会」だ。地区大会を勝ち抜いた大学、高校の強豪をまとめて見ることができる“おいしい”大会なのだ。 今年もタイガース入団が内定した鳥谷敬(早稲田大)や大阪桐蔭高の1試合36得点など話題満載。中でも大学の部で9年ぶりに優勝を果たした東亜大(四国・中国代表)には驚かされた。 3度目の全国制覇を果たした同校軟式野球部についでの優勝。しかも東北福祉大、早稲田大の強豪校を相次いで撃破。その強さはまさしく本物だったが、それ以上に興味を引かれたのはレギュラー9人中なんと5人がスイッチヒッター(両打ち)だったこと。神奈川大との決勝戦においても、チーム12安打のうち6本を両打ち選手たちが放った。 3月に内野手から転向したエース竹林俊行(2年)は試合後「連覇したいですね」と胸を張った。46人の部員中、甲子園経験者はたった2人しかいない。専用グランドも持たない。そんな恵まれない環境にある山口県の地方大学が見事、大学野球の頂点に立った。個々の選手能力をしっかりと把握し、適材適所に配置したチーム戦術の妙を見た気がした。 2003.11.12 What is Curve? 縦カーブの難しさ ライオンズのピッチングコーチに就任した荒木大輔氏とお会いする機会があった。秋季練習で多忙の中、2004年1月発売予定のBallpark Time!別冊「日本人メジャーリーガー」(成美堂出版)の取材だ。今回は野茂英雄、長谷川滋利、石井一久、佐々木主浩の投球フォームを参考に、プロのテクニックから参考にできる部分を探すという企画だった。衛星放送の解説と同様、理論的かつ分かりやすい解説をしていただいた。 取材中、荒木氏が何度も言っていたのは「最近の投手は縦カーブ(=ドロップ)を投げられない」ということ。スライダーやカットファストボールなどのいわゆる“斬る”横滑りボールは投げられるが、しっかりと“捻って”投げる縦カーブは投げられない。なぜなら、どうしても楽をしてしまうから、捻る前に斬って投げ終えるためカーブが投げられなくなってしまうそうだ。 その中で松坂大輔はカーブが放れる数少ない1人。しかし彼のカーブもまだまだ横滑りのスライダーに近いもので純粋なカーブとは言いがたいとも。その辺も含め今後指導していきたいそうだ。2004年のライオンズ投手陣にはちょっとした「縦カーブ・ブーム」が巻き起こるかもしれない。注目だ。 2003.11.5 Nervous November 残留への戦い 10月31日、東都大学野球の2部リーグ最下位決定プレーオフが行われた。4勝6敗で並んだ専修大と国士舘大の対戦は延長14回にまで及ぶ大熱戦。3対2で国士舘大がサヨナラ勝ちを収め3部リーグ優勝校との入替え戦出場を免れた。 普段はゴルフ練習場として使われる5600人収容の神宮第二球場。2階席こそクローズされていたが1階席は8割ぐらい埋まった。どちらの学校も関係者が入替え戦出場阻止のため熱い声援を送っていた。 筆者は両校OBでも関係者でもない。しかし相当な重圧との戦いであることは想像できる。秋季リーグ後、ほとんどの4年生は引退する。下のリーグへ転落させてしまったならば、後悔の念はずっとつきまとうであろう。 毎年この時期になるとメディアではサッカー、Jリーグの2部降格の話題で持ちきりになる。しかしアマチュアの学生野球においてもシビアな残留争いが存在することを忘れてはならない。11月10、11日専修大は3部優勝の大正大と入替え戦を行う。専修大関係者にとっては眠れない日々が続く。 東都大学野球ホームページ http://www.tohto-bbl.com 2003.10.29 The Man ジョーから目を離すな ホークスの逆転優勝で幕を閉じた日本シリーズ。改めて城島健司という捕手の器の大きさを見せられた思いだ。戦前「目立ち過ぎるキャッチャーは良くない」とある解説者に批評されていたが見事にはねかえした。 ジョーには憧れるキャッチャーがいる。ワールドチャンピオンに輝いたマーリンズのイヴァン・ロドリゲスだ。「あれ見てるとキャッチャーやりたいって思うでしょ。かっこいいですよ」と熱く語ってくれた。「ロドリゲスのサインをもらって来てよ」と頼まれたこともある。 ジョーには夢がある。「1年でいいからアメリカでやってみたい。別にマイナーでもいいんです。そこでの経験ってすごく大きな財産になると思うんですよ」。アテネオリンピック予選の日本代表にも選ばれ、実質、日本ナンバーワンの捕手になった。だが現状に甘んじることなく常にスケールアップを目指す。城島健司の底はまだまだ深い。ジョーから目を離すな。 2003.10.22 The Blue Wind ライオンズの顔になれ! ホークスとタイガースの日本シリーズが盛り上がる陰で、例年と同様、何人もの選手が戦力外通告をされている。ジャイアンツ宮崎一彰もその中の一人だ。 社会人のいすゞ自動車から米独立リーグ、ランバージャックス経て02年ジャイアンツ入団。俊足を活かしたアグレッシブなプレースタイルで、日本一を達成した昨年は重要な局面でたびたび起用された。しかし更なる飛躍が期待された今シーズンは、チーム自体の低迷もあり28試合の出場に留まった。(21打数5安打1盗塁) 堀内恒夫新監督は「ディフェンスからチームを作る」ことを明言している。28才という年齢は微妙であるが、内外野とも守れ監督方針に合致している選手。今回の戦力外には驚かされた。 一連の監督解任問題など、なにかと騒がしいジャイアンツ。これまでも補強方法など疑問が囁かれてきたが、現状を見ていると何も変わっていない感じもする。まさに正念場、フロントの力量が問われている。 ところで後日、ライオンズのテストを受けた宮崎は見事合格を果たした。これまでも多くの選手を自前で発掘し育成した実績を持つ球団である。どのような起用をされるのか今から楽しみだ。ひょっとするとリトル松井の後釜はこの男かもしれない。 2003.10.15 Oh my Zimmer! MLBの宝 メディアが取材をする際に発行されるプレスパス。その種類によって出入りのできるエリアが決められており要所のポイントで警備員がパスの種類を入念にチェックしている。例えば、カメラマンには多くの場合クラブハウスへ出入りができないパスが発行される。(なぜってプライバシーの侵害にあたるような格好、つまり全裸でくつろいでいる選手達もいるから) オークランドでのこと。チェックポイントには通行可能パスのサンプルが張り出してあった。当日限定のワンデイパスと異なり、年間通しのパスにはたいてい所有者の顔写真が入っている。そこに張り出してあったサンプルの写真は全てがなんと、あのドン・ジマーのものだった。 プレーオフ目前のタイミングでヤンキースを意識してのことかもしれない。しかしそのジョークには笑ってしまった。誰もがパスの写真を指さし笑いながら通り過ぎて行った。その風ぼうもありジマーは誰もから愛されている。 リーグ・チャンピオンシップにおいてレッドソックス、ペドロ・マルチネスと大立ち回りを演じたのはつい先日のこと。ロジャー・クレメンスはこの件について「彼(ジマー)はいつも選手を守ってくれる。だから彼のことが好きなんだ」と語った。 翌日の会見では涙を流し謝罪した72才。老兵の戦いはこれから佳境に突入する。 2003.10.8 The Road 川畑健一郎の戦い 10月4日、鎌ヶ谷ファイターズタウンにおいてファイターズのトライアウトが行われた。秋晴れの清々しい空のもと250人を越す受験者が集まったがその中に1人のサウスポーがいた。 川畑健一郎。山あり谷ありの野球人生を送ってきた。高校時代、名門・天理高の一員として97年春に全国制覇を果たし翌年マイナー契約でレッドソックスに入団。ルーキーリーグでは年間MVPを獲得し2年目には1A昇格、とここまでは順調だった。しかし3年目、打者として入団した川畑に投手転向の指令が出る。転向後はヒジの故障に見舞われ満足な投球もできないままレッドソックスを解雇。故障箇所の悪化などが重なり02年はどことも契約を結べないまま野球浪人という形となる。オフには国内でトライアウトを受け続け、いくつかのチームからは高い評価を得たが、入団までは至らなかった。そんな時、東京で行われたエルマイラ・パイオニアーズのトライアウトに合格。2003年はパイオニアーズで1年を過ごした。 筆者がパイオニアーズ取材に訪れた7月、川畑は悩みに悩んでいた。「ストレートも走らない、コントロールはめちゃくちゃ。このままじゃ来年はクビですよ」。そう言いながら毎日必死のトレーニングを繰り返していた。 川畑はレッドソックス時代に一緒だったエクスポズ・大家友和を尊敬している。もちろん大家も川畑のことを常に気にかけている。ここのところ話していないということだったので、大家の取材をした際、川畑が話していたことを伝えた。すると「なんでですか、あいつピッチャーはまだ素人じゃないですか。たった1年でしょ? 今できることをやるだけだと思うんですけどね。悩むにはまだ早いですよ」という言葉が帰ってきた。 大家の言葉を川畑に伝えると笑いながら「素人ですか? 確かにそうですよね」と答えトライアウトに向かっていった。 今回、川畑は惜しくも第三次選考で不合格となった。しかしストレートは常時145kmを記録し、今後に大きな期待を抱かせた。 「このあともいろいろな球団のトライアウトを受けるつもりです。どうなるか分からないですけど、思い切ってやりますよ」。 その生き生きとした表情からは何かがふっきれた感じがした。今年のオフ、川畑は久しぶりに大家と食事をするつもりだという。 2003.10.1 Tough Job 最終戦のバックステージで 9月17日はモントリオール・エクスポズのホーム最終戦。オリンピックスタジアムのクラブハウス周辺は大変な騒ぎに包まれていた。 今シーズン、エクスポズはモントリオールとプエルトリコの2箇所をホームとして使用。その影響もあるだろうが最後の最後まで過酷なスケジュールが組まれていた。エクスポズのシーズン最終戦は9月28日のシンシナティ。つまり10日以上も早くホームを離れなければならないのだ。 となると選手の方は大変である。試合後、選手達はニューヨーク遠征へ出発する。しかしここ(モントリオール)には帰ってこない。ロッカールームの荷物はもちろん、賃貸しているアパートも全て空けないといけないのだ。前日のナイトゲーム終了後、おのおのが至急荷造りをしたそうだ。 この日の試合前練習は全て免除されていた。各自が大荷物を抱えながらクラブハウスへやってくるが大家友和もその中の1人だった。前日のブレーブス戦でグレッグ・マダックスと投げ合った大家はエージェント会社のスタッフ総出で荷造りをした。荷造りが終わったのはちょっと前だったそうで、慌てた様子でクラブハウスへやって来た。 「いやぁ、いつものこととはいえ本当に慌ただしいですよ。でもしばらくここへ戻って来ることはないんでちょっとは寂しい気もしますけどね。シーズンもあと少しなのでケガだけには気をつけますよ」と笑いながらユニフォームに着替えていた。 エクスポズ移転に関してはシーズン中からも様々な憶測が飛んだ。しかし今のところ結論は出ていない。このままいけば来シーズンもモントリオールをホームとすることになるだろう。そして開幕前にはまた家探しと引っ越しが待っている。いやぁ、こういった部分だけをみてもメジャーリーガーは本当に大変である。 クラブハウスに横付けされたチームバスに乗って選手達は次の遠征地へ向かって行った。エクスポズの2003年がまもなく終わろうとしている。 2003.9.10 Another Baseball もう1つの学生野球 所用で訪れた埼玉県朝霞市でのことだ。風に乗り「1番センター○○君」という声が聞こえて来た。平日の昼前のことである。高校野球かな、などと思いながら声のする朝霞市営球場へ足を運んでみた。そこでは東都学生軟式野球連盟の秋季リーグ戦が行われていた。 神奈川、国学院、中央、東洋大工学部、文教、明治学院の1部6校と、亜細亜、埼玉工業、専修、拓殖、桐蔭横浜、東洋、目白の2部7校からなる東都学生軟式野球連盟。公式戦は春季、秋季のそれぞれリーグ戦と富岡杯新人戦が行われる。 連盟に加盟できる資格は広く、サークル規模のチームにまで開かれている。しかしながらレベルはなかなか高い。1つ1つのプレーは基本に忠実で、サインプレーも頻繁に行われる。各チームとも部員は多く、女子マネージャーらとともに大会会場まで遠征して来ているそうだ。 華やかな神宮ばかりではない。埼玉県の小さな球場ではもう1つの学生野球が行われていた。入場料金さえ必要としない地味な野球であるが意外(と言っては失礼だが)と楽しめた。我々の身近には様々な野球が溢れている。たまにはこういうのも良いもんだ。 東都学生軟式野球連盟ホームページ http://members.at.infoseek.co.jp/nansiki/ 2003.9.3 The Girls of Summer ついに悲願達成! 3度目の挑戦がついに報われた。8月25〜30日にオーストラリア・ゴールドコーストで行われた第3回女子野球世界選手権において日本代表が悲願の初優勝を遂げた。 当初、富山県魚津市で開催されるはずであった今大会だが世界的に猛威を震ったSARS(重症急性呼吸器症候群)の影響で延期。出場を取りやめる国も出たもののオーストラリア協会の尽力で日本、アメリカを含めた3カ国で開催された。 日本代表は予選リーグを4勝2敗の2位で終えると、準決勝でアメリカ代表を5対4、決勝では地元オーストラリア代表を4対1で下し優勝を飾った。 2大会連続して決勝で敗退。毎年優勝候補に挙げられながらもあと一歩というところで苦渋を飲まされてきた。筆者はカナダ・トロントでの第1回大会を取材したが、どの国と比べても日本代表の戦力は劣っていなかった。紙一重の差で敗れていただけに今回の優勝は感慨深いものであろう。選手達には心から「おめでとう」の声をかけたい。 以前に比べ女子野球を取り巻く環境は良くなってきている。軟式の方ではチーム数も増え、全日本大会などでは常に熱戦が繰り広げられる。硬式でプレーする人も増えてきた。しかしながらまだまだ改善の余地はある。優勝を果たした日本代表という目標もできたわけだ。さらに盛り上がって欲しい。また日本代表を支える関係者達も長い目で支援を続けて行って欲しい。 我々は女子野球を応援しています。 2003.8.27 The BUCKS lost the way 海賊の迷走 パイレーツのブライアン・ジャイルズが左腕投手オリバー・ペレスら3選手との交換でパドレスへトレードされた。捕手のジェイソン・ケンドールと並ぶスター選手。パイレーツ歴代6位にあたる165本塁打を放っている。しかしここ数年は毎年のように移籍の噂もたえず、「やはり…そうか」という印象をうけた。 パイレーツにとっては主力選手の立て続けのトレードとなった。7月22日にはリードオフマンのケニー・ロフトンとクリーンナップを打つアラミス・ラミレスの2人を同地区のライバル、シカゴ・カブスへ放出したばかり。筆者は7月20日にピッツバーグを取材で訪れたが「経験豊富な選手が多く、投手陣が整備されればおもしろいチーム」という印象を受けていた。その2日後からチームは大幅に変わった。衝撃を受けた。 メジャーのトレード期限は7月末までである。しかしそれ以後も、ウエーバー公示をするなど、様々な方法でトレードが行われる。優勝争いをする同地区内でもひんぱんにトレードがある。勝てるチームを作る為とはいえ、同じリーグ内での移籍すら少ない日本では考えられないこと。こんなところからもメジャーの勝ちに対する執着心が見てとれる。 ところで前半戦こそ健闘していたパイレーツであるが、オールスター以後は右肩下がり。現在は混戦続くナショナルリーグ中地区において首位と9ゲーム差の4位(8月27日現在)。2001年にリバーフロントにオープンした新球場PNCパークは空席が目立つ。93年から10年連続で負け越しているパイレーツも、過去にはあのバリー・ボンズらを擁し地区優勝を果たした強い時代があった。迷走を続ける海賊。彼らには行き先が見えているのだろうか。 2003.8.20 Good Luck 優しい男 ヤ ドジャース木田優夫投手が8月15日のシカゴ・カブス戦で先発登板した。2000年5月17日以来となるメジャーでのマウンドで、5回を投げ5安打2失点。チームの勝利にこそ結びつかなかったが、スターターとしてゲームを作るという役割は果たした。 3月1日の交通事故以後、木田は驚異的な回復を見せた。5月1日に3Aラスベガス51'sに合流してからは17試合に登板し2勝3敗、防御率4.48の成績を残し、ついにメジャー昇格を果たした。 2月末、渡米直前に取材をした時のこと(Ballpark Time! No.2誌上「それでも男はマウンドをめざす」)。約束時間を過ぎて現れた木田は我々に対し別れ際までそのことを謝ていた。芸能界の友人も多くどことなく『軽さ』や『派手さ』がイメージされるが大変な常識人だった。周囲に異常なほど気を配る名前の通りとても優しい男だった。そんな木田が復帰までの間いつも気にかけていたのは、事故の際に同乗していた塩川哲平通訳のこと。「(塩川氏の)アメリカでの初シーズンを台なしにしてしまった」と罪の意識がなくなることはなかったという。 その塩川氏だが4月末には無事に現場復帰を果たし、ドジャースの一員としてやっている。1日限定ではあったが木田自身もメジャーのマウンドに上がることができた。2人とも事故からの復活は果たした。あとは野球人・木田優夫の真の復活だ。9月には35才。道程は険しいだろうが彼の可能性を心から信じたい。 2003.8.13 Unbalance? 何を保護するのか タイガースが「主催試合を埼玉スタジアム2002においてパブリックビューイングで見てもらおう」というイベントを開こうとした際、埼玉県を保護地域としているライオンズの了承なしに行おうとしたことが問題となった。協約上では埼玉県はライオンズの保護地域。タイガースサイドの不手際には弁解の余地もない。 保護地域は都道府県別に規定されている。たとえばタイガースなら兵庫県、ライオンズなら埼玉県…。各球団のおのおのの利益を守れるように規定されており、その概念には賛成だ。しかし現実は各球団の権利はバラバラ。使用する本拠地球場によって差があるからだ。 たとえばマリーンズ関係者は「今年のオールスターは千葉マリンでした。メジャーのオールスターの様にいろいろなイベントを行おうと思ったのですができなかった。千葉マリンは建物が千葉市、駐車場などの敷地が千葉県のもの。両方に許可申請を出す形なんですが、前例がないからと許可が降りなかった。シーズン中何かやろうとしても、ほとんどそうです」。 またスワローズ関係者は「うちは神宮球場を借りている。だから学生野球中心。音響ブースに球団関係者が入れるようになったのも今年から。去年までは球場関係者しか演出にも携われなかったんです」。 本拠地球場が各球団自前であれば言うことはない。中にはブルーウェーブのように神戸市と協調し素敵なボールパークを作り上げている例もある。しかし現実には難しい。それならばなんらかの対策を練らないと差はますます広がるばかりだ。 先のパブリックビューイングもライオンズが認め行われる運びとなった。その判断に拍手をおくりたい。プロ野球を盛り上げるには12球団が1つになるしかない。 2003.8.6 Seventeen's Map 17才の挑戦 ニューヨーク州エルマイラ。見渡す限り山に囲まれた田舎町で、大きな可能性を秘めた投手と出会った。竹内亮。弱冠17才のこのサウスポーは、野茂英雄やマック鈴木らが共同オーナーをつとめるエルマイラ・パイオニアーズで今シーズンからプレーしている。中学時代から140km台の速球を投げ、50以上の高校から誘われた逸材。しかし大阪の名門私立校に進学するも、周囲と上手く行かず退学。進路を決めかねている時に知り合いからパイオニアーズを紹介された。 「素晴らしい素材で、GMや監督から一番期待されている選手です。しかし、まだまだ子供です。この前まではホームシックにかかって『日本に帰りたい』ってずっと言ってましたし、練習ももうちょっとやってくれればね…。もうひと皮もふた皮も剥ければおもしろい存在です。第2のマック鈴木になる可能性は十分にありますよ」とはパイオニアーズの日本人スタッフ宮本雄二氏。 今シーズンは7試合に登板し1勝2敗、防御率3.86(8月6日現在)。高校退学後のブランクがあった為、ゲームで登板しながら調整を行っている。しかし周囲からはエース候補として期待されている。「また野球がやれるとは思っていなかったですからね。本当にうれしいですけど、まだまだ思ったボールが行かないのが悔しいです。まあ焦らずに一歩ずつですよ」と竹内は笑った。 「何らかの理由で野球ができなくなった人が野球を続けられる環境が増えればいいですね」。オーナーとなった野茂のコメントだ。パイオニアーズには他に2人の日本人選手がいるが、いずれも一度は野球から離れていたそうだ。そういった選手達に野球を続けるチャンスが与えられただけでも、パイオニアーズの存在はとても貴重なものだ。 「大阪に彼女がいるんです。つきあい始めたばかりでこっち(アメリカ)へ来たんで寂しいです。でも(シーズンオフの)9月には会えるんでそれまでがんばって良い選手になりますよ」と言いながら竹内は彼女の写真を見せてくれた。日本から遠く離れた場所で戦う17才はその時だけあどけなさを覗かせた。 ![]() |