「MLBプレイオフ・レポート2005@フェンウェイパーク」 スタジアムに入る前に身だしなみを整える。 普段はボストン・レッドソックスのキャップを着用することはないのだが、今日は別だ。シカゴ・ホワイトソックスグッズを身に着けていたら命はない。と、言うようなことはまずないが、つまらないトラブルは避けたい。以前NYヤンキース戦を観にいった時に、ヤンキーグッズ着用日本人と、ボストニアンが揉めているところに遭遇したことがある。井口資仁もホワイトソックスに在籍している。念のための再確認だ。 しかし試合終了後、私の再確認は思い過ごしに終わった。 今日のスタジアムは暖かく、そしてとても優しかった。 チケット入手大作戦 PM15:30、 ケンモア・スクウェア(フェンウェイパーク周辺)に到着。 プレイボールは16時だ。 今日はスタジアム周辺でのバー観戦と決め込んでいたが、ファーストピッチ(第1球目)には間に合いたい。 Boston University学生街を潜り抜けスタジアムに近づいていく。どこのお店も若者で溢れているが、どの商店にもレッドソックスを鼓舞するメッセージが掲げられている。正にレッドソックス・ネーション。 私の心にも変化が現れる。 「スタジアムの中に入りたい」 フェンウェイパークに前もってチケット予約せずに訪れた場合、スタジアムに入る方法は3つある。 1つはスクラッパー(ダフ屋)から購入。 スタジアムに行く途中に高速道路上を通る橋があるのだが、その橋の手前が彼らの主戦場だ。もちろん高額だ。 2つ目は当日券販売。 毎試合売り切れのレッドソックスといえども当日券が出る。その内訳を簡単に説明しよう。 メジャーリーグでも、一般に出回らない関係者専用チケットがある。それは他球団スカウトのためにとっておくバックネット裏チケットだったり、関係者の家族用セクションだったり様々だ。 私が在籍したデトロイト・タイガースの場合、欲しい試合日前日の午後1時までにチケット申し込み用紙を提出しなければならない。その書類を元に、チケットマネージャーとトラベルコーディネーターがチケットを割り振る。どのチームも多めにその枠をとっておくので必然的にあまりが出てくる。 さらにそのカテゴリーとは別にObstructed Viewというチケットがある。 フェンウェイパークはとても古い施設なので、観客席の真ん中に屋根を支えている柱がいくつも存在する。その柱でグラウンドへの視界がさえぎられるからだ。 このチケットは最後まで売れ残るし、前売りでは売られないときもある。これらのチケットを当日券として販売する。 だから当日になるまで何枚チケットが出るかわからない。当然「並び」も出てくる。決まった時間より前に当日券売り場前に並んではいけないことになっている。しかしどこの世界でも似たようなもので、大きなゲームになれば、早朝から、あるいは前日からテントを持ち込んで、「徹夜」をする連中も現れる。無理をしないで楽しむのがアメリカ人のスタイルだと思っていたので驚きだ。 3つ目はシーズンチケットを余らせている人から購入する。 このシステムはレッドソックス公式サイトでのサービスで、一人でも多くのファンをスタンドに入れようというコンセプトで行っている。 シーズンチケットホルダーは、前もって足を運べそうにない試合を登録し、チケットのないファンに提供する。チケットを探している一般のファンはホームページを通じて購入する。もちろん定価だ。 しかし、どうしても直前まで余るか、わからない人もいる。そんなファンはスタジアムに余ったチケットと一緒にやってくる。闇のルートで売ったほうが間違いなくお金になるのだが、中には「ダフ屋のヘルプをしたくない」と言う理由から当日券の列に並ぶ人たちに「売り込み」をかける人もいる。 貧乏学生の私はもちろんダフ屋から購入するお金がない。従って、2番目、3番目の方法をとるしかない。 私がスタジアムについたのはプレイボール直前だ。当日券は売り切れたと考えるほうが賢いだろう。チケットを余らせていそうな人を探す。 PM15:40、 今日は橋を越えた辺りにもダフ屋が多い。見分け方は人相が良いか悪いかだ。これはちょっとした経験が必要だ。 もし彼らに話しかける勇気があるならば、100%見抜ける方法がある。彼らは声をかけると必ず「いくらまで出せるんだ?」と聞いてくる。不思議なことにこれはフェンウェイパークだけでなく、世界中どこへ行っても同じだ。 この問いかけはある種のリサーチだ。客が適正価格に近い値段を言えば、彼らも粘り強く交渉してくるし、市場価格より極端に低くければ相手にされない。もちろん極端に高ければその値段で売りつけられるだろうし、中途半端な高さなら吹っかけてくるだろう。 PM15:45、 プレイボールにはなんとか間に合いたい。素人風の初老の男性を発見した。 「ビンゴ!」彼はチケットを2枚余らせているらしく、しかも2枚同時に売りたいらしい。残念ながら私が必要なチケットは1枚だ。 彼は2枚売れなかったときの保険も含め、「定価$65を$100でどうか?」と聞いてきた。私の財布には$80しか入っていない。残念ながら彼については諦めるしかない。 PM15:45、 半ば諦めムードで当日券売り場に向かう。 列は出来ていない。売り場を見る。中にスタッフが2人いる。もしや…。 「チケットないですよね?」 「Obstructed Viewならあるよ」 即購入。平日の午後4時からのプレイボールだったのが幸いしたか、並んでいる人があまりいなかったようだ。 スタンド・バトル!! シリーズ成績0-2でボストンに帰ってきたレッドソックス。 まさに背水の陣。 ヤンキースとの因縁の対決を何試合かみたことがある。アルコールが入って出来上がる3回前後からスタンドの方が忙しくなる。 ヤンキース・ファンとレッドソックス・ファンの小競り合いが徐々に始まり、エスカレートした連中は警備員に連れられてスタジアムを追い出される。 6回、7回ともなればスタンド・バトルもピークを迎える。 セキュリティの人数が足りなくなる。 なかには試合前からエキサイトしすぎて、初回の守備についたセンターのバーニー・ウィリアムスに初回から野次を飛ばしまくり、1回をもたずしてスタジアム外へ「KO」されるファンもいる。 こういった状況は、例えそれがプレイオフ決定後の消化試合であってもお構いなしだ。レッドソックス対ヤンキースの会場にはアメリカンスポーツでもっとも張り詰めた空気がある。 この試合の相手はヤンキースではない。しかし「緊張」と言う意味では同じはずだ、と私は思っていた。 偶然、私の斜め前にシカゴ・ファンが一人で座っていた。 3-4で迎えた6回裏、ノーアウト、フルベース。ボストン大チャンス。 彼は回りのボストンファンから絡まれる。ビールが彼に飛ぶか? 幸運にも私の予想は外れてくれた。絡んできたボストンファンは言った。「お、君もソックスファンか?」一呼吸空いて、「色が違うけど」 ボストン、シカゴ両ソックスファンから笑みがこぼれる。 その後2死から打席に立ったジョニー・デーモンがフルカウントからハーフスイングで三振。無死満塁から1点も入らず、さらにイライラが溜まる最悪の形でこの回が終わる。 しかし、スタジアム中からため息は出るものの、汚い罵声は飛ばなかった。 もっともプレイオフが始まる前から、ボストニアンは今回のプレイオフは肩の力を抜いて楽しもうという意見が出ていた。 連覇はとても難しい、今シーズンのピッチングスタッフは弱い、ロッカールームでトラブルがある、などが主な理由で、彼らは現在のチーム状態を十分に把握していた。 「どんな時でもヤンキースに負けてはいけない」という条件付で、ディビジョンシリーズで敗退しても仕方がない、と言う声をよく耳にした。 3-4で迎えた9回表、ホワイトソックスのホワン・ユリーベが決定的な追加点をスクイズバントで決める。 もしこれがヤンキース、デレック・ジーターのプレイだったとすれば「ジーターくそったれ」、「オカマ野朗」、「ジョー・トーレはこんな“せこい”野球しかできないのか!」などと一通り野次が飛んだ後、「Yankee Sucks!」の大合唱になるだろう。 いや、これで収まれば良いほうだ。何しろ常時ジーターが打席に入っただけで上記の野次は飛ぶのだから。 しかしこの日の観客からは「スクイズバントは“せこい”がこれも野球。今年はここまでか…」と言う念のこもったため息が漏れるのみだった。 崖っぷちの状態でも、ファールボールを捕った人には拍手送り、ハイタッチをおこなう、いつものファミリームードがスタンドにあった。 もちろん試合がイニング間で一段落すると皆が売店へ走る。食べ物とビールを買うためだ。それでいて、チャンスとなると「Letユs Go Redsox!」の大合唱。 誰となく回りを煽り、売店スタッフまでもがリズムに合わせて手を叩く。 そしてこの言葉だけを可能性が0になるまで力強く発し続けた。 野球ファンのチャンピオン!? よくよく振り返ってみると、アメリカのスタジアムでお決まりの「Make Some Noise!」や「突撃ラッパ」などの演出をフェンウェイパークでお目にかかった記憶がない。 これはファンがゲームの流れを読んで自分自身で盛り上げることが出来る計算の上でおこなっていないのだろうか。 一つ言えることは、小手先の演出なしでもファンが自発的に応援を始めるので、目立った違和感はいままでなかった。 例えば、ティム・ウェイクフィールドが先発時に、強打の正捕手ヴァリテックはブルペンに入っている。ナックルボーラー専用キャッチャー、ダグ・ミラベリが先発マスクを被るからだ。ヴァリテックが代打なりで必要になる時、彼はフィールドを横切ってダグアウトにもどってくる。ベンチでは「テック(ヴァリテックの愛称)任せたぞ!」と皆が声をかけ、スタンドではとっておきの代打への怒号。 フィールド、ベンチ、そしてスタンドの一体感。その様子は今までどの野球場で体験したゲーム演出にも勝るものだった。 ゲームには負けてしまったが、レッドソックス・ファンは、もしかすると野球ファンのチャンピオンかもしれない。なぜなら彼らはピクニックムード、応援モードを起用に使い分けられ、楽しみ方のツボをもっとも心得ているからだ。
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