アメリカ野球の日々
文・伊藤茂樹
Text by Ito,Shigeki

ベースボールと文化の関わりを中心に、ボールパークでの様々な出来事を検証します。

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2003.7.29 豪腕ルーキーの再起への道

 リック・アンキールを憶えているだろうか。今から3年前、20歳でカージナルスのローテーションに入り、11勝をあげて地区優勝に導いた豪腕サウスポーだ。しかしポストシーズンにはロクにストライクが投げられず、メッツとのリーグ・チャンピオンシップでは1イニングに2つのワイルドピッチという不名誉な新記録も作り、ワールドシリーズ出場を逃してしまった。
 コントロールを直すべく、翌2001年にルーキーリーグにまで戻ったアンキールは、今季はAAのテネシーで同じ課題に粘り強く取り組んでいる。ここまで20試合に登板し、54.1イニングで四死球49、ワイルドピッチが10とノーコン克服には至っていないが、6月には2試合続けて好投したし、奪三振は64と剛球は相変わらずだ。
 しかし試練はさらに続く。先日の登板で、かつて傷めた肘の痛みが再発。16日にいわゆるトミー・ジョン手術で腱を移植し、1年は登板できなくなってしまった。
 もともとノーコンだったのではなく、メジャーで計12勝という実績のあるアンキールがストライクを投げられないのは、いわゆるイップス(メンタル面の何らかの理由で思い通りの動きができないこと)とも言われる。それもあって球団は、投げない日はDHや外野で出場させ、今季も30試合で.240-1-5とまずまずの結果を出していた。
 今後アンキールがどのような形で再起をめざすのか、現時点では不透明だが、若い頃に速いだけのノーコン投手だったのは、ノーラン・ライアンもランディ・ジョンソンも同じだ。天国と地獄を経験したといってもアンキールは24歳になったばかり。これから克服して再びメジャーに上がっても全く遅くない。


2003.7.22 カナディアン・リーグの座礁

 5月20日付の本欄で紹介したカナディアン・ベースボール・リーグ(CBL)の最初のシーズンは、前半戦終了をもって打ち切られることが決まった。ここまで8チームが計136試合を消化したが、観客動員に苦しんだのが打ち切りの原因だ。トロワリビエールやナイアガラのフランチャイズは1試合平均200人を切る惨憺たる状況なのに加えて、8つのうち最大の都市であるモントリオールが球場を確保できず、ロードチームとして戦うことを余儀なくされたのも痛かった。
 リーグは23日にカルガリーで行われるオールスターゲームを最後に今シーズンを終了するが、前半戦で最高勝率をあげたカルガリー・アウトローズが初年度のチャンピオンと決まった。これはあくまで今シーズンの打ち切りで、独立リーグや昔のマイナーリーグによくあったような、シーズン途中でのリーグの破産ではない。リーグは存続し、来シーズンへ向けて準備を進めることを言明している。
 ロンドン・モナークスの根鈴雄次は21試合に出場して.397-3-17。打率3位でシーズンを終えるが、オールスターゲームへの出場も決まっている。他に日本人選手では、同じロンドンの柴田一郎(東洋大出身)がクローザーとして10セーブをあげた。
 リーグも選手たちも、めげずに再起を期待したい。


2003.7.15 ピーナッツのない球場

 "Take me out to the Ballgame"の歌詞にも出てくるように、アメリカの野球観戦にピーナッツはつきものだ。しかしそのために球場に行けない人がいる。全米に300万人いると言われるピーナッツ・アレルギーの人たちだ。自分で食べなくても、殻が近くにあるだけで重い症状が出ることがあるので、多くの観客がピーナッツを食べて殻をあたりに捨てている球場へはまず立ち入れない。
 そこでウェストミシガン・ホワイトキャップス(ミッドウェスト・リーグ:A)は「ノー・ピーナッツ・デー」を企画した。5月28日の試合は地元の小学校とタイアップした午前11時開始のデーゲームだったが、アレルギーの子どもを持つ一人の母親の要望を受けて、球団はこの日、売店でピーナッツを売らないだけでなく、ピーナッツバターやピーナッツオイルを使った食品もすべて撤去。前日の試合で捨てられた殻が完全になくなるよう、スタンドの清掃も徹底して試合に備え、メディアを通じて周知した。このため、ふだん球場に来られない家族が少なくとも3組、安心して観戦できたという。
 マイナー球団にとって売店の売り上げは貴重な収入源のひとつだが、こうして様々な観客に配慮することが、長い目で見ると利益になることもある。


2003.7.8 「コルクバット・ナイト」

 こ サミー・ソーサのコルクバット事件はショッキングだったが、早速これをプロモーションに利用したマイナー球団がある。サザン・リーグ(AA)のテネシー・スモーキーズは、6月21日の試合でミニバットをプレゼントするプロモーションを急遽「コルクバット・ナイト」に変更。14歳以下の子ども先着1500人にプレゼントされるバットの中に、印のついたバットが3本だけあり、そのうちの1本には実際にコルクが入っている。この3本をイニングの間にノコギリで切り、コルクの入ったバットが「当たり」というわけだ。当たりの賞品は、ケンタッキー州コルクという町への招待。当選者は招待を辞退して現金で受け取ったそうだが、残り2人の賞品は一生分のコルクか試合の招待券4枚。また、この日の始球式はソーサという名前の2人の地元の少年が行った。
 お金をかけずに頭を使うのがマイナーリーグのプロモーションで、この程度の毒は珍しくもない。今回はいちおうこれが功を奏して、「コルクバット・ナイト」には今季最高の6228人の観客が集まった。
 一方、おちょくられた恰好のサミー・ソーサやカブス、MLB側の反応はといえば、「無視」の一語に尽きる。


2003.7.1 タイガー・スタジアムの運命

 99年限りで使命を終えたデトロイトのタイガー・スタジアムは、まだ往時のまま建っている。しかし、この古き良きボールパークがデトロイトのダウンタウンで生き続ける可能性はきわめて低そうだ。
 88年の歴史を持つタイガー・スタジアムには市民の思い出が無数に詰まっているだけに、取り壊さずに活用する方法が様々に提案されてきた。建物をオフィスに転用するとか、フィールドを残して周囲をアパートにするとか、女子野球や独立リーグの球場として使うといった案だ。しかしいずれも実現可能性は乏しく、市当局は取り壊して大型の商業施設を誘致する方向で検討を始めた。
 タイガースがコメリカ・パークに移転してからも、市はフィールドの整備に毎年42万ドルの予算を計上し、かつてのグラウンド・クルーの有志が週2回手入れをしてきた。しかし芝は既にかなり荒れており、再びここで野球の試合を行うのは難しい状態になっているという。
 メジャー球団が去った球場は、サンフランシスコのキャンドルスティック・パークやヒューストンのアストロドーム、ワシントンDCのRFKスタジアムなどが現存しているが、これらは例外で、ほとんどは取り壊されている。しかし移転後ずっと悲惨な戦いが続くタイガースのファンは、タイガー・スタジアムの輝かしい思い出を懐かしむしかなく、取り壊しには反対の声が強い。商業施設の誘致も先行きは不透明で、用途が決まらないまま壊す、壊さないと議論するくらいなら早々に取り壊した方がよかったようにも思える。
 なおタイガースが去った後のスタジアムは、テレビ映画『61*』や劇場用映画『陽だまりのグラウンド』のロケに用いられたほか、2001年7月には大学のサマーリーグの試合が行われた。


2003.6.24 大選手二世の今

 6月3日付の本欄では、元スター選手の息子の有望選手を紹介したが(プリンス・フィルダー)、大選手の二世でありながらずっと芽が出ず、それでも懸命に現役を続ける選手もいる。ピート・ローズの長男、ピート・ローズ・Jr.(33歳)だ。
 97年9月、父の古巣レッズがローズ・Jr.をマイナーから引き上げてメジャーデビューを果たしたのを憶えているだろうか。ペナントの望みのなくなった9月の話題作りという観が強かったが、その時点で彼は27歳。マイナー生活9年目で、もはや「プロスペクト」とは言えない存在だった。結局このときは11試合に出て14打数2安打に終わり、今のところこれが彼のメジャー通算成績だが、その後も現役を続け、今年はプロ15年目。ルーキーリーグからメジャーのすべてのクラスと独立リーグの計19チームに在籍し、約1300試合に出場したベテランだ。
 今年のローズは4月下旬までメキシカン・リーグのコルドバでプレーした後、ノーザン・リーグ(独立)のスーシティと契約。5月にこのリーグが開幕する直前に同じリーグのジョリエット・ジャックハマーズ(BT! Vol.6でレポート掲載)が5人の選手との交換トレードで獲得して今に至っている。
 父の方は復権問題でメディアを賑わしており、独立リーグの球団がジュニアを獲得したのは観客動員を意図しているのは確かだが、4番に座ってここまで.302-2-13という成績で、中心戦力であることも間違いない。フォームの改善を試みているローズがめざすのはあくまでメジャー復帰で、引退など考えもしないと言う。
 こんな野球人生があるのは、アメリカには独立リーグを含めて何百ものプロチームがあるからだ。納得いくまで現役を続けられるローズを羨ましく思う日本の元選手も少なくないだろう。


2003.6.17 ニューヨークのノーヒッター

 11日、ヤンキースはインターリーグのアストロズ戦でまさかのノーヒッターを喫した。ヤンキースがノーヒットに封じられたのは45年(6980試合)ぶりで、6人の投手の継投によるノーヒッターは、従来の4人を更新するメジャー新記録だ。
 継投によるノーヒッターは、NPBの一軍公式戦では一度も記録されていないのに対し、MLBでは8回目とさほど珍しくない。先発投手が5回とか7回までノーヒットに抑えているのに交代させて継投で達成したケースもある。今回は先発のロイ・オズワルトが2回に不調を訴えて自ら降板したが、ベーブ・ルースのも少し似ている。レッドソックスにいた1923年6月、セネタース戦に先発したルースは1回の先頭打者を歩かせたが、その判定に抗議して退場となり、投手交代。そのランナーが盗塁に失敗した後、継投したアーニー・ショアという投手が26人を連続して打ち取り、「2人がかり」のノーヒッターを完成させた。
 球団創設以来一度もノーヒッターをやっていない球団もある。最近できた球団以外ではメッツ(62年創設)とパドレス(69年創設)がそれだ。41年の間に二度ワールドチャンピオンになり、好投手も数多くいたメッツがノーヒッターをやっていないのは確率的にかなり不思議なことで、こうなると最初のノーヒッターがどういう形で達成されるか、期待が高まる。
 メッツは昨年4月、ブリュワーズ戦で2試合連続してあわやノーヒッターというゲームをしたが、結局実現しなかった。そもそも4月と9月はノーヒッターの「当たり月」で、全体のおよそ3/4がこの2か月に達成されている。4月は開幕直後で打者が本調子でなく、9月はロースターが40人に拡大されて経験の浅いマイナーリーガーが上がってくるためだと言われている。こんな時期に、しかもブリュワーズ相手に最初のノーヒッターをやっても仕方ない、憎きライバルのヤンキース戦こそふさわしいというファンの声もあった。
 20日から、そのサブウェイシリーズが6試合組まれている。今の両チームの力では難しそうだが、メッツのチームカラーを考えると、あっと驚くようなことが起こっても不思議ではない。


2003.6.10 その後の選手たち

 日本のメディアであまり取り上げられることのない選手の話題を綴ってきたが、その後いろいろな変化があった。簡単に報告しておこう。
 11年目で初めてメジャー昇格したカージナルスのケビン・オーミは、10日ほどでAAAメンフィスに戻った。いわゆる「ワン・カップ・オブ・コーヒー」だが、その間に2試合に登板し、自責点もエラーもなかったので防御率0.00、守備率1.000。一度だけ打席に立ってヒットを放ち、打率も1.000。今のところ数字の上では完璧なメジャーリーガーということになる。ある意味すごいが、そんなことより再度の昇格に期待しよう。
 ツインズ傘下のマイケル・ナカムラも、先週リック・リードのDL入りに伴って初めてメジャー昇格。7日にはパドレス戦で初登板し、セーブを記録した。日本の名前を持った選手がメジャーでセーブを記録したのは史上7人目となる(あとの6人は?)。
 アイオワの球場にRV車をとめて住んでいたロッド・ベックは、クローザーのトレバー・ホフマンを故障で欠くパドレスからオファーがあって移籍し、RV生活にピリオドを打った。ここまで4試合に登板したが、セーブはまだない。
 カナディアン・リーグは計39試合を消化。ロンドン・モナークスの根鈴雄次は打率.563とリーグのトップを走っている。
 ニューアーク・ベアーズのリッキー・ヘンダーソンは1番に座って.364-4-16と貫禄を見せ、盗塁も6つ決めている。ただ、このリーグからメジャー傘下と契約する選手が相次ぐ中で、彼にまだ声はかかっていない。
 最後にカブスのヒー・ソプ・チョイ(崔煕燮)。オールスター出場の可能性も見えていたが、8日のヤンキース戦でフライを追ってケリー・ウッドと衝突し頭部を強打。救急車で搬送され、15日間のDL入りが決まった。ケガは深刻ではなさそうだが、オールスター出場は微妙になった。しかし新人王の可能性はまだまだある。
 アメリカ球界では選手の往来が激しいが、みんな毎日懸命に戦っている。


2003.6.3 フィルダー二世

 アメリカ球界で親子二代、三代にわたる選手は珍しくないが、19歳にしてスケールの大きさで注目されているのがセシル・フィルダーの息子、その名もプリンス。昨年のドラフトでブリュワーズの1巡目、全体で7番目に指名されたこの二世選手は、左打ちであることを除けば、父親の面影をとても強く受け継いでいる。
 打者としてのポテンシャルは同年代の選手の中で指折りで、昨年配属されたルーキーリーグでは最初の試合でいきなり決勝の満塁ホームランを放ち、結局73試合に出て13ホームラン。12歳のときにタイガースタジアムの2階席に打ち込んだというから、そのパワーは桁外れだ。流し打ちができて打率も稼げるし、悪球は打たないので出塁率も高い。
 しかしもうひとつ父親譲りなのが体重で、ドラフト前から危惧する声があった。15歳のときに139キロ、昨シーズン後に129キロあった巨体を絞るのが第一の課題で、現在は110キロまで落として動きはかなり良くなっている。ファーストの守備をとりあえず人並みにこなすことが生き残りの条件になるだろう。
 アメリカでは1年目、2年目のマイナーリーガーの名前など誰も知らないのが普通だが、プリンスの場合、父親が春のキャンプに現れるなど何かと目立っていることもあって、注目度は高い。今季はミッドウェスト・リーグ(Low A)のベロイト・スナッパーズでここまで.286-8-29という成績。再来年にはメジャーに上がるだろうという父親の予言が当たるかどうか、注目したいところだ。


2003.5.27 ロッド・ベックの「職住近接」

 野球選手が住まいを選ぶとき、ホームグラウンドへの通いやすさを考えるのは当然だが、ロッド・ベックの今の住まいの近さは尋常でない。彼はホームグラウンドのスコアボードの裏にRV車をとめて、そこで生活しているのだ。
 通算266セーブをあげ、94年から95年にかけて41連続セーブも記録したベックは90年代を代表するクローザーの一人だが、右肘の手術のため昨シーズンは登板がなかった。今季は開幕からカブスのAAAアイオワでメジャー復帰をめざしているが、マイナー暮らしはすぐ終えるつもりで、アパートを借りる代わりにアリゾナの自宅からRV車(いわゆるキャンピングカー)を運転してアイオワ州デモインまでやって来た。
 アメリカではRV車に住むことは珍しくなく、150万人もの人がこうして移動生活を送っている。しかし多くはリタイアした老夫婦などで、誰もが知っているメジャーのスター選手が車に住んでいるのはおそらく前代未聞だ。試合の後にはチームメイトやファンが車を訪ね、おしゃべりをしたりビールを飲んでいくのをベック自身も大いに楽しんでいる。セクテイラー・スタジアムはデモイン川にして景色はいいし、デモインは中西部の平和な中都市なので何のトラブルも起こっていないという。いわば、野球とキャンプを同時にやっているようなものだ。
 投球の方は、ここまで20試合に投げて1勝1敗4セーブ、防御率0.61。カブスに上がればさすがにこの暮らしはやめるそうで、その日が来るのがちょっと惜しい気もするが、そう遠くはなさそうだ。


2003.5.20 カナディアン・リーグの船出

 今年も新たに独立リーグが創設されるが、そのひとつは、8つのフランチャイズをすべてカナダ国内に置くカナディアン・ベースボール・リーグ(CBL)だ。5月21日から9月にかけて、各チーム72試合のペナントレースとプレーオフを戦う。カナダのみのリーグは1915年まで細々と存在したが、実質的には初めての試みで、メジャー球団から選手の供給を受けずに成功している日本やメキシコのような国内リーグをめざすと言っている。
 カナダには昔からメジャー傘下のマイナーリーグのフランチャイズが数多くあったが、近年は撤退する球団が増え、今年はわずか3球団。メジャーのブルージェイズとエクスポズもファン離れが進んでおり、野球の地盤沈下がささやかれている。
 この理由のひとつは、米加両国にまたがるリーグでは、カナダの球団は選手の給料などを米ドルで払わなければならず、カナダドルのレートが低いために損を強いられることだ。しかしCBLはすべてカナダドルで支払い、経費のかかるアメリカへのロードもないため、財政面で有利になると期待されている。8球団はすべてリーグが直接経営して合理化を図るほか、各チームはカナダ人選手を5人以上登録することを義務づけたり、毎週日曜にはテレビの全国放送を行うなど、「カナダのリーグ」であることをアピールする。
 ロースターに有名選手は多くなく、特にパワーヒッターが少ないため投手有利のリーグになりそうだが、その中で根鈴雄次は強打が期待されている。2000年にはエクスポズのAAAオタワでプレーしていたこともあり、リーグの看板選手になりそうな気配だ。他にも日本人選手が数人登録されており、日本から飛躍をめざす選手にとっても貴重な場になることが期待される。
 リーグの前途は多難だろうが、マイクロソフトやヤフーなどIT企業のエグゼクティブが名を連ねた経営陣の手腕にかかっている。


2003.5.13 もう一人の「日本人」プレーヤー

 マイケル・ナカムラ(中村吉秀)というピッチャーがいる。ツインズ傘下のAAA、ロチェスター・レッドウィングスで中継ぎを務めており、現在のところ11試合に登板して4勝2敗、防御率2.08とこのチームの中継ぎ陣では最も貢献度が高い。
 名前からわかる通り彼のバックグラウンドは日本だが、日系アメリカ人ではない。76年に奈良県で生まれて3歳のときに家族とともに母の祖国オーストラリアに移住。メルボルンの高校でプレーし、アメリカの南アラバマ大に進んで在学中の97年にツインズと契約したという、やや異色の経歴だ。2000年のシドニー・オリンピックではオーストラリア代表で登板したし、今春のオープン戦ではヤンキースの松井秀喜と対戦したこともあったので、聞き覚えのあるファンも少なく
ないだろう。
 マイナーでの5年間は、肘の手術などもあったがまずまず順調に上がってきて、昨年はAAAに定着。8月にはツインズ傘下のマイナーの最優秀投手にも選ばれ、今春は初めてメジャーのキャンプに呼ばれたというわけだ。
 メジャーリーグを頂点とする世界の野球界の人の動きは流動化し、国籍やどの国で育ったかは問題でなくなってきている。しかし、選手のバックグラウンドは一人一人違っており、それゆえの苦労や思いを持っていることはいつの時代も変わらない。日本語を母語とするメジャーリーガーは珍しくなくなったが、日本の名前を持って英語を母語とするメジャーリーガーも、レン・サカタ、ドン・ワカマツ、オーナン・マサオカら日系アメリカ人が歴史を築いてきた。こうした広い意味での「日本人」メジャーリーガーの歴史にナカムラが新たなページを加える日はそう遠くないだろう。
 ナカムラは父から野球を教わったというが、変則的な横手投げは日本野球の伝統を受け継いでいるのかもしれない。


2003.5.6 マスコットの訴訟

 あるマイナー球団のマスコットが、5万ドルの損害賠償を求めて裁判を起こした。原告はケーンカウンティ・クーガーズ(ミッドウェスト・リーグ:A)のクマのマスコット「オジー」で、事件は2年前の6月のゲーム中に起こった。
 マイナーリーグではよくあるイニング間のプロモーションで、オジーは観客の子どもとベース1周の競走をする。最後にオジーが抜かれて子どもの勝ちになるのはお約束だが、この日はちょっとした異変が起こった。オジーが3塁を回ったところでビジターの3塁ベースコーチに後ろからタックルされ、オジーは転倒。オジーの「中味」のマイク・フォレスト(当時32歳)は肩と腕に怪我を負い、結局このシーズンと翌2002年シーズンの間、オジーの中に入ることができなくなってしまった。
 「加害者」のコーチと球団(シーダーラピッズ・カーネルズ)は、故意でない事故だと主張したが、コーチがタックルするのは予定外だったためクーガーズ側は和解せず、今回の訴訟に至ったというわけだ。
 訴訟社会のアメリカでこの種の裁判は茶飯事で、球場のマスコットも、客に悪ふざけをしたとして訴えられることもある。しかし、だからといって決しておとなしくはならない。彼らのアクションは時にオーバーなほどで、ビジターの選手や審判、グラウンドキーパー、観客に至るまでいじりまくり、それが面白さとなっている。
 日本の球団がいちばん恐れるのはこうしたトラブルなのだろう。最近、タイガースのトラッキーの「中味」が突然交代するということがあったが、アメリカのマスコットに比べればはるかに穏当な演技でも、「万一」を恐れる球団は許容できないようだ。
 ところで「加害者」として訴えられたのは、エンゼルス傘下のカーネルズで当時コーチを務めていたドウェイン・ホージーだ。


2003.4.29 リッキーの行き先

 リッキー・ヘンダーソンがアトランティック・リーグ(独立)のニューアーク・ベアーズでプレーすることがようやく決まった。44歳になる史上最高の盗塁王は昨秋レッドソックスからFAになり、古巣アスレティックスで現役を終えることを望みながらかなわず、他のメジャー球団からのオファーもないまま4月を過ごしていた。
 給料は月に3000ドル。これは買い叩かれたわけではなく、独立リーグの常としてサラリー・キャップ制がとられているため。チームの給料の総額を決めているリーグもあるが、アトランティック・リーグは選手1人の月給の上限を定めており、それが3000ドルということだ。
 98年創立のベアーズはこれまでトム・オマリーが監督を務めたり、ホセ・カンセコの双子の兄弟オジー(元バファローズ)、谷口功一、宮川一彦などが在籍し、今季の監督も元オリオンズのビル・マドロックと日本プロ野球経験者が多いが、メジャーのスター選手がプレーしたことは少なかった。この点ではノーザン・リーグのセントポール・セインツが飛び抜けており、リッキーはそこと契約するという観測もあった。しかしアトランティック・リーグに決めたのは、こちらの方が開幕が3週間ほど早く(5月1日)、まだまだやれることを各メジャー球団に少しでも早くアピールするためらしい。
 というわけで、本気でプレーすることは間違いない。しかしいつまでニューアークにいるかは全く見えないので、ニューヨーク郊外のこのチームを見に行くなら、一日でも早く予定を組むべきだろう。


2003.4.22 春の珍事?

 メジャーリーグ序盤戦の最大の驚きは、開幕9連勝のロイヤルズだろう。今年は例年以上に混戦が予想される地区が多いが、そんな状況でもプレーオフ進出の見込みがないと言われた数少ないチームのひとつが絶好のスタートを切った。17試合を終わって14勝3敗と、30球団でもヤンキースに次ぐ勝率をあげているのだから面白い。
 BT!では昨年末発売のNo.1でアリゾナ秋季リーグのレポートを掲載したが、そこで注目したケン・ハービーも活躍している。18日のタイガース戦ではサヨナラホームランを打つなど、チーム同様に開幕から全開だ。
 アリゾナ組では、韓国出身のカブスのヒー・ソプ・チョイ(崔煕燮)も期待通り。5番に座ってホームランを既に4本打っている。カブスもNL中地区で前評判の高かったカージナルスやアストロズを抑えて首位に立っており、チョイもこのちょっとした番狂わせの中心にいる。
 両チームの健闘を「春の珍事」と言っては失礼だが、野球の世界ではよく起こることではある。
 そういえば「春の珍事」という邦題の野球映画があった。ある化学者が木材と反発する性質のある液体を作り出し、それを武器に投手としてメジャー入り。バットをよける「魔球」で開幕から勝ち続けるが、偶然できたその液体は追加生産ができない…。
 この映画の原題は"It Happens Every Spring"。「毎年春に起こること」という感じだが、「珍事」の中には春先だけで終わらないものもある。この映画でも、液体が尽きて痛打された打球を主人公が素手でつかんでワールドシリーズに勝つことになっている。
 両チームの今後に期待しよう。


2003.4.15 メジャー初昇格の興奮

 ケビン・オーミという左投手が日本ハムファイターズにいたのを憶えているのは、かなりコアなファンだけだろう。2000年から01年の途中まで在籍したが、肘の故障もあって一軍では15試合しか投げていない(2勝5敗)。
 そのオーミが11日、カージナルスで初めてメジャー昇格を果たした。93年のドラフト9巡目でツインズに指名されてから11年目、32歳を目前にしてようやく夢がかなったのだ。11年目の初昇格は、記録というほどではないが、かなりの遅咲きであることは間違いない。しかし、マイナーでも海外でも、戦力として契約してくれる球団が毎年あったからこそ続けられたのだし、もちろん本人の意志が続かなければ、今頃他の仕事をしていたはずだ。
 3年前に鎌ヶ谷のファイターズの寮でオーミにインタビューしたことがある。ファームの試合に登板した後で疲れていただろうに、長時間丁寧に答えてくれるナイスガイだった。AAAのメンフィスから合流のためヒューストンへ向かう間、彼がどんな思いだったかは想像するしかないが、メジャー昇格は、その選手と関わりを持った様々な人間にも心地よい興奮をもたらしてくれる。野球ファンでよかった、と思えるときだ。
 そしてオーミは、14日のブリュワーズ戦で初登板を果たした。現地24日の対ブレーブス戦はスカパーで中継される。もしかすると晴れ姿を見られるかもしれない。


2003.4.8 ベテランズ・スタジアムの古株

 来春新球場に移るフィリーズは、ベテランズ・スタジアムでの最後のシーズンを様々なプロモーションで彩る。開幕戦ではこの球場が開場した71年当時のユニフォームを両チームが着用したほか、今後はワールドシリーズの出場メンバーを招いたり、残り試合数のカウントダウンにも趣向を凝らす。
 33年にわたる球場の歴史の中で、3度のワールドシリーズ以外で最も重要なのは、マスコットのフィリー・ファナティックの登場だろう。「セサミ・ストリート」のキャラクターと同じ会社で製作されたファナティックは、78年4月25日、何の予告もなく何気なくスタンドに現れた。それから25年、野球界最高のマスコットとしてクーパースタウンの野球殿堂にも招かれ、フィリーズでは監督のラリー・ボーワ(70年にフィリーズでメジャーデビュー)に次ぐ古株になった。しかしその「年齢」は10歳のままで、山下大輔監督のような観客を見つけると磨いたり、ポップコーンを食べている観客を見つけると横からつまみ食いしたりと、相変わらずだ。
 今までファナティックの中に入ったのは、デーブ・レイモンド(78〜93年)とトム・バーゴイン(94年〜)という2人の男性。マスコットの「中身」の名前や顔が明かされることは日本ではあまりないが、アメリカではこれが職業として確立しているせいか、普通のことのようだ。バーゴインは、リーグチャンピオンになった93年のユニークなフィリーズについて本も書いている。
 球場が新しくなっても、ファナティックがファンを楽しませることは変わらない。


2003.4.1 フィリーズのキャンプ地のオルガン奏者

 松井秀喜が欠場した現地28日のフィリーズ対ヤンキースのオープン戦は、フィリーズのキャンプ地であるジャックラッセル・スタジアムの最後の試合だった。フロリダ半島西岸のクリアウォーターで1947年以来キャンプを張っているフィリーズは、55年にこの球場ができてから49シーズンも春のメイン球場として使ってきた。来春からは5キロほど離れた新しいコンプレックスに移り、フィラデルフィアの本拠地ともども、新球場でプレーすることになる。
 この球場で起こった出来事の中で最も記憶されているのは、オルガン奏者が退場処分になった事件だろう。85年のある試合で、ホームチームの1塁走者がライトへのライナーでの帰塁が遅れてアウトと判定されたとき、オルガン奏者は「3匹の盲目のネズミ(Three Blind Mice)」という曲を演奏してアンパイアを皮肉り、退場を宣告されたのだ。野球史上初めてのこの珍事は全米に報道され、ウィルバー・スナップというオルガン奏者は一躍有名人になった。
 スナップは今でもここでオルガンを弾いている。メジャーの試合はもう終わったが、4月からはフロリダステート・リーグ(A)のクリアウォーター・フィリーズの本拠地として最後のシーズンが始まる。この珍事もメジャーのオープン戦ではなくマイナーリーグの試合でのことだった。


2003.3.25 開幕の喜びと悲しみ

 東京でのMLB開幕シリーズが中止になった。今頃イチローが、テハダが…、と惜しんでみても、もうどうにもならない。
 開幕戦が不慮の事態で中止されたことは意外に多い。
 1968年4月9日の開幕戦は、5日前にメンフィスで暗殺された公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング牧師の葬儀当日にあたり、すべてキャンセルされた。また96年4月1日のシンシナティでの開幕戦は、1回表にジョン・マクシェリー球審が心臓発作で倒れて急死するという悲劇が起こり、そのまま中止された。
 中止ではないが、93年4月5日のクリーブランドでの開幕戦は、2週間前のキャンプ中にボートの事故で死亡したスティーブ・オーリンとティム・クルーズ両投手の追悼試合となり、7万3千の大観衆が悲しみにくれた。
 シーズン到来の喜びは、しばしば悲しみと隣り合わせだったのだ。


2003.3.18  ハワイアン・パンチ

 マリナーズ対アスレティックスの開幕シリーズが迫ってきた。日本でのメジャー公式戦は3年前のカブス対メッツに次いで二度目となる。
 前回のシリーズでいちばん強烈な印象を残した選手といえば、第2戦の11回に代打満塁ホームランでゲームを決めたメッツのベニー・アグバヤニだろう。押し出しで決勝点が入りそうになった場面で文句なしの一発をバックスクリーンに打ち込み、シリーズを気持ちよく締めてくれた。AAAのノーフォークに行くはずだったベニーはこの一発でメジャーに残り、結局レギュラーに定着して.289-15-60という結果を残した。こうしてスター選手にな?ていくかと思われたが、01年はまた控えに戻り、02年にはコロラド、ボストンと渡り歩いて成績もパッとせず、日本に来る噂もあったがブレイクしないまま31歳になっている。
 先日レッドソックスを解雇されたベニーは、レッズとマイナー契約を結んだ。今のところ用意されているのは、ケガ人が出たときのためにAAAで待機するポジションのようだが、「ハワイの怪童」がシンシナティの新球場で今年こそスターになることを期待したい。守備は下手だし、3アウトと間違えてスタンドの少年にボールをあげてしまったりと欠点も多いが、憎めない童顔と思い切りの良いバッティングは、やはりメジャーで見たい。


2003.3.11 開幕前に準備するのは

 メジャーリーグの開幕までおよそ3週間。と思ったら、東京での開幕シリーズまではもう2週間しかない。
 開幕前に準備するガイドブック類は3つに決めている。まず、Sporting NewsのBaseball Register。現役メジャーリーガーの記録集で、前年に一度でもメジャーのロースターに載った選手と、今季載りそうなプロスペクトがアルファベット順、年度毎に収録されている。マイナーや外国での成績もカバーしているのはこれだけなので重宝する。約650ページ。
 次に、Baseball AmericaのAlmanac。前年のメジャー、マイナー、独立、カレッジ、高校、ウィンターリーグ、世界の野球など、あらゆる球界の記録や出来事が整理されており、文字通り世界の野球年鑑。これにしか載ってない情報がとても多い。約480ページ。
 そしてSpring Training Magazine。110ページと薄くて、30チームのロースターや戦力分析、プロスペクト紹介などは他に何種類か出ているガイドと大差ないが、タイトル通りキャンプのガイドを兼ねており、オープン戦の日程やキャンプ地の案内はこれにしかない。
 ところで、この3つもそうだが日本式の写真入りの「選手名鑑」の類はおそらくひとつも出ていない。血液型や愛車やカラオケの十八番が載った写真入り名鑑は、日本球界の発明品かもしれない。

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