NEWS!/お知らせ 今コラム「アメリカ野球の日々」はNTTドコモ・iモードサイト「実況!! USA野球」でご覧いただけます。 Ballpark Time!がプロデュースに参加!! NTTドコモ iモードサイト 「実況!! USA野球」 大好評情報発信中 【サイト内容】 MLBの試合アニメーション中継、試合速報・結果、日本人選手速報(メジャー/マイナー/独立)、マイナーリーグ・独立リーグ情報など 【月額情報料】 210円(税込) 【アクセス方法】 「iMENU」⇒「メニューリスト」⇒「スポーツ」⇒「野球」⇒「実況!! USA野球」 2003.12.23 あのボールが消滅へ 本欄で度々伝えている、捕球を邪魔してしまったカブスファンの続報。あのときのボールが先頃オークションに出品され、落札者はこのボールを公開の場で破壊すると発表した。 ボールは、問題のスティーブ・バートマンの近くの席にいた33歳の弁護士が匿名で出品し、グラント・デポーターという人物が10万6600ドルで落札した。彼は故ハリー・ケリーのレストランの共同経営者で、2月にカブスファンが望む方法でこのボールを地上から消滅させるセレモニーを行い、呪いを解くと言っている。また今回の落札額は、86年のワールドシリーズでレッドソックスの夢を破ったビル・バックナーの足に当たったボールよりも高額で、カブスファンの悲しみはソックスファンのそれよりも深いのだとも語った(こちらは92年に9万3500ドルで俳優のチャーリー・シーンが落札した)。セレモニーへの招待をバートマンが受けるかどうかは今のところ不明。 過ぎたことはどうやっても変わらないという気もするが、カブスファンは今年の悲劇になんとか決着をつけたいのだろう。本当の意味での決着はカブスがワールドチャンピオンになる以外ないはずだが、それを待つにはこれまであまりにも長く待たされたのかもしれない(プエルトリコ、サンファンにて)。 2003.12.02 ケン・ブレット追悼 先日ウォーレン・スパーンが亡くなったが、同じ頃55歳という若さで生涯を終えたのがケン・ブレットだ。ジョージ・ブレットの5歳上の兄で、マイナーリーグのスポケーン・インディアンズ(ノースウェスト・リーグ)の共同オーナーを務めていた。 殿堂入り確実な弟の陰に隠れがちだが、67年から81年までに投手として通算83勝をあげたケンは、決して地味な選手ではない。プロ入りは66年のレッドソックス1巡目指名(全体で4番目)で弟より上だし、19歳でメジャーデビューした年には、公式戦で1試合しか投げていないのにワールドシリーズで登板し、この最年少記録は未だ破られていない。打撃も非凡で、メジャー初勝利をあげた試合ではホームランを含む3安打。通算打率は.262、ホームラン10本。4試合連続でホームランを打ったこともあった。 他にもハンク・アーロンに700号を打たれたり、74年のオールスターゲームで勝利投手になったり、9回までノーヒッターを二度記録したり、話題や記録には事欠かなかった。また現役最後の2年間に弟とともにプレーしたロイヤルズは通算10球団目で、当時の最多記録だった。 ジョージ・ブレットと同じ時代にプレーしてやはり殿堂入り確実なロビン・ヨーントにも、5歳上で投手の兄がいた。このラリー・ヨーントもメジャーリーガーになったが、初登板のマウンドでウォームアップ中に肩をいため、1球も投げないまま降板してそれが最後になったという珍記録の持ち主。こちらはもちろん健在だ。 2003.11.25 あのファンが「殿堂」入り カブス対マーリンズのナ・リーグ・プレーオフ第6戦のファンによる「守備妨害」は、今年のMLBで最も忘れ難いシーンのひとつだ。カブスはワールドシリーズ出場を逃し、彼のもとには脅迫や嫌がらせが相次いだ。 その不運なスティーブ・バートマン(26歳)を励ますためにチームの「殿堂入り」第一号に推挙したのが、ニューヨーク・ペン・リーグ(ショートシーズンA)のハドソンバレー・レネゲーズ。バートマンがレネゲーズという少年野球チームのコーチを長年務めていることが理由だ。そして球団は以下のことを申し出た。 ・来季の開幕戦への招待 ・生涯有効のボックス席のチケット2枚を提供。ただし席はレフト側ファールラインの最前列で、バートマンが来られない試合ではこの席に座るファンを選び、守備妨害を奨励する ・開幕戦ではバートマンに始球式の妨害をしてもらう ・バートマンのアイドルであるサンドバーグのサイン入りジャージを贈呈。ただしライン・サンドバーグではなく、その甥で98年にレネゲーズでプレーしたジャレッド・サンドバーグ(現デビルレイズ)のレネゲーズ当時のもの ・バートマンのチーム全員に、レネゲーズのレプリカ・ジャージと用具を贈呈 励ましているのかおちょくっているのかよくわからない項目もあるが、とにかくカブスはバートマンのせいで負けたのではなく、彼はファンとして当たり前のことをしただけだ。悲劇的な逆転負けとあのプレーをカブスファンが忘れることはないだろうが、理不尽な恨みは忘れて、金網のない本当のボールパークではよくある出来事、として記憶されることを祈りたい。 2003.11.18 今年の「縁故指名」 このコラムでは、大選手を父に持つ「二世選手」の話題を何度もとりあげてきたが、アメリカ球界にはとにかくこういう例が多い。今年6月のドラフトでの、日本のファンにも馴染みが深い「縁故指名」をまとめておく。なお下記の選手は全員契約し、入団した。 ・ブライアン・バニスター(メッツ7巡目) =フロイド・バニスター(元ホワイトソックス、ヤクルトスワローズ他)の息子 ・オスカー・バナザード(エクスポズ28巡目) =トニー・バナザード(元インディアンズ、福岡ダイエーホークス他。現MLB選手会役員)の息子 ・エンリケ・クルーズ(ヤンキース14巡目) =ホゼ・クルーズ(ジャイアンツ)の弟、ホゼ・クルーズ(元アストロズ他)の息子、トミー・クルーズ(元ホワイトソックス、日本ハムファイターズ他)の甥 ・ジョー・ガイエッティ(ロッキーズ12巡目) =ゲーリー・ガイエッティ(元ツインズ他)の息子 ・アンソニー・グウィン(ブリュワーズ2巡目) =トニー・グウィン(元パドレス)の息子 ・エリック・モッカ(アスレティックス33巡目) =ケン・モッカ(アスレティックス監督。元パイレーツ、中日ドラゴンズ他)の息子 ・テイラー・マッティングリー(ヤンキース42巡目) =ドン・マッティングリー(元ヤンキース)の息子 ・オマール・ペーニャ(カージナルス16巡目) =カルロス・ペーニャ(タイガース)の弟 ・トマス・ピアッザ(ドジャーズ26巡目) =マイク・ピアッザ(メッツ)の弟 ・アンドレ・ランドルフ(ヤンキース45巡目) =ウィリー・ランドルフ(元ヤンキース他)の息子 ・フェルナンド・バレンズエラJr.(パドレス10巡目) =フェルナンド・バレンズエラ(元ドジャーズ他)の息子 ・デルモン・ヤング(デビルレイズ1巡目:全体で1位) =ドミトリ・ヤング(タイガース)の弟 ・エリック・ヤングJr.(ロッキーズ30巡目) =エリック・ヤング(今季ブリュワーズ〜ジャイアンツ。ロッキーズの初代メンバー)の息子 各球団50人も指名するメジャーのドラフトでは、上位の数人以外は契約金がごく少額なのも「縁故指名」が多い理由だろう。しかし、ラソーダが名付け親だという縁で62巡目に指名されたマイク・ピアッザがスーパースターになった例もあるし、日本のファンにとっては、レオン・リーの息子デレクが指名され、後にゴールドグラブをとるようになったのは嬉しいニュースだった。何年か後に「あの選手の息子が」ということがきっとあるに違いない。 2003.11.11 ボビーの横顔 千葉ロッテマリーンズの監督にボビー・バレンタインが復帰する。この名物監督について、意外に知られていないプロフィールをまとめておこう。 ボビーはドラフト1巡目指名でプロに入った。コネティカット州の高校ではフットボールの名選手だったが、野球の才能を認められ68年のドラフト1巡目、全体でも5番目という上位でドジャーズに入団。突出した才能で70年には早くもAAAに上がってパシフィックコースト・リーグのMVPに選ばれ、71年にはメジャーで内野のレギュラーの座をつかんだ。 順風満帆に思えた野球人生に翳りが見えたのは、エンジェルスにトレードされた73年、外野で打球を追ってフェンスに激突し、右脚を骨折したときだった。このシーズンを棒に振ったボビーは翌年にも肩を傷め、以後はAAAとメジャーを往復しながらパドレス、メッツと渡り歩き、79年のマリナーズを最後に現役を引退した。 その後マイナーリーグのコーチを務めると指導者としての資質はすぐに見出され、83年にメッツの3塁コーチに抜擢される。85年には35歳の若さでレンジャーズの監督に就任。翌年は最下位から2位に躍進させ、リーグ最優秀監督に選ばれた。95年に来日してマリーンズも2位に導き、2000年にはメッツを14年ぶりのワールドシリーズに進めたのはよく知られている通りだ。 指導者としてのボビーの師匠にあたるのは、ドジャーズのマイナー時代の監督だったトミー・ラソーダ。同じイタリア系のエンターテイナーぶりには賛否両論あり、ヤンキースのジョー・トーレのような堅実な知将タイプとは対極にあるが、頭の良さ、回転の速さは負けていない。 ボビーはラソーダとともに、脈々と続くドジャーズ・ファミリーの一員だ。妻の父はブルックリン時代の名投手ラルフ・ブランカ、母はブルックリン・ドジャーズの共同オーナーだったマルビー家の娘。何色の血が流れているのかは定かでないが、有り余る才能とサービス精神で来季楽しませてくれるのは間違いないだろう。 2003.11.4 田口壮のメジャー歴代最高記録 来季のメジャー定着に向けて終盤に大きくアピールしたカージナルスの田口壮だが、この間に人知れずメジャー歴代最高記録を打ち立てていた。8月29日のレッズ戦、1番レフトで先発出場した田口は第4打席でケリー・ロビンソンを代打に出されたが、これが長いメジャーリーグの歴史に残る記録となったのだ。 その記録とは「代打に出た選手と出された選手の背番号の差」。田口の99に対してロビンソンは0で、その差99。3桁かマイナスの背番号の選手が出てこない限り、今後も破られることのない記録だ。 ESPNのコラムニスト、ジェイソン・クラークが伝えたが、気づいたのは彼本人ではなくビリー・ミラーという一読者の投書によるとのこと。こんなことに気づくほど記録を眺め、いじり回しているファンがいるわけだ。 ところで田口の背番号99は、日本より「何でもあり」の観が強いメジャーでも珍しく、今季つけたのは30チームで彼一人。90番台もごく少なく、開幕ロースターではマーリンズのティム・スプーニーバーガー投手の91番だけだった。 過去に99番が印象的だったのは、フィリーズのクローザーとして93年のワールドシリーズに出たミッチ・ウィリアムス。「ワイルド・シング」を超えて、田口が史上最高の99番になることをまずは期待しよう。 2003.10.28 最初のマーリン マーリンズが2度目のワールドチャンピオンになった。創設11年で2度のワールドシリーズ制覇は、拡張球団として最速だ。 この短い歴史の中で、最初にマーリンズの選手になったのはナイジェル・ウィルソンだった。日本ハムファイターズで97年にホームラン王、98年にはホームランと打点の二冠を獲得したあのウィルソンだ。 92年11月に行われたマーリンズとロッキーズのためのエクスパンジョン・ドラフトでマーリンズが最初に指名したのが、ブルージェイズにいたアフリカ系カナダ人のウィルソン。このときマーリンズは36人を指名したが、トレバー・ホフマン(4番目)、ジェフ・コーナイン(11番目)、カール・エバレット(14番目)らを差し置いての1位指名だった。 こうして期待されて入団したウィルソンだが、AAAで3割前後を打ったもののメジャーでは7試合の出場にとどまり、その後レッズ、インディアンズに移籍。そこでもメジャーでの出番はわずかで、典型的なAAAの強打者として来日した。 ファイターズでは期待通り「ビッグバン打線」を引っ張ったが、02年に移籍したバファローズではハムストリングの故障で結果を出せなかった。こうして退団したウィルソンは、33歳になった今年、ヤンキースとマイナー契約を結び再起を期した。しかし故障は癒えず、マイナーでの出場もないまま5月に解雇された。1月には妻の妹が何者かに射殺されるという悲劇もあり、苦しみが続いている。 「古巣」の2度目のワールドシリーズ制覇をどんな思いで見ただろうか。 2003.10.21 対照的な2チームの対決 リーグ・チャンピオンシップではカブスとレッドソックスが悲劇的な形で敗れ、両チームに伝わる「呪い」は今年も解けなかった。その結果、ファンも多いが嫌われてもいるヤンキースと、フロリダの南端で観客動員の最下位を争うマーリンズという、いずれかのファン以外には興味の持ちにくいカードになった。 レッドソックス対マーリンズなら、浅からぬ因縁があった。レッドソックスのジョン・ヘンリー・オーナーは2001年までマーリンズのオーナーだったのだ。球団をエクスポズのオーナーだったジェフリー・ロリアに売却し、自分はレッドソックスのオーナーに収まった経緯があり、例の2球団削減話もからんで、セリグ・コミッショナーを筆頭にオーナー連中の談合めいた動きも噂された一件だった。 一方ヤンキースは全米中にファンがいるが、マイアミとの縁は深い。96年にタンパにキャンプ地を移すまでの34年間、マイアミ郊外のフォート・ローダーデールでキャンプを張っており、A級のファームチームもあったためマイアミはヤンキースファンの多い土地だ。 そんなヤンキースに挑むマーリンズは、93年のエクスパンジョンでできた新興。97年にワールドチャンピオンになったが、創設以来、この97年と今年以外はレギュラーシーズンで勝ち越したことがない。つまり11年の間、負け越すかワールドシリーズ出場かのどちらかだったわけで、こんなチームは前代未聞だ。 とは言っても、ベンチでは老獪なジャック・マッキーン監督が、フィールドではすっかり復活したパッジ・ロドリゲスが若くて生きのいい選手たちを引っ張るチームは意外な面白さに満ちている。 対照的な両チームの戦いは、やはりシーズンの最後にふさわしいドラマになりそうだ。 2003.10.14 帰ってきたミスター・マーリン カブスとナ・リーグ・プレーオフを戦うマーリンズは97年のワールドチャンピオンだ。そのときもワイルドカードから勝ち上がったが、オフにスター選手を大量に解雇していっきに凋落した。優勝メンバーは、投手はケビン・ブラウン、アル・ライター、リバン・ヘルナンデス、ロブ・ネンら。野手はゲーリー・シェフィールド、モイセス・アルー、ボビー・ボニーヤ、エドガー・レンテリア、チャールズ・ジョンソン、クレイグ・カウンセル、クリフ・フロイドといった面々で、今でもかなり勝てそうな豪華さだ。 彼らが雲散霧消して6年後に再びポストシーズンに進んだわけだが、このときの唯一の「生き残り」がレフトを守るジェフ・コーナイン。のみならず、彼こそは創設11年目のマーリンズの「顔」と呼ぶにふさわしい。92年秋に行われたエクスパンジョン・ドラフトでは11位指名(ロイヤルズから)と特に目立たなかったが、翌春の開幕時にはチームに欠かせない存在になっており、記念すべき第一戦では4打数4安打で初勝利に貢献。以後95年途中までチームでただ一人全試合出場を続け、野茂英雄が先発したテキサスでのオールスター・ゲームではMVPにも輝いた。西海岸で育ったコーナインだが、95年以来マイアミ郊外に居を構えている。 そんな彼も97年オフの大量解雇は免れず、古巣ロイヤルズへトレード。やがてオリオールズへ移ったが、ポストシーズンを狙うマーリンズは8月末に急遽トレードで「ミスター・マーリン」を呼び戻したわけだ。 本人にとってもファンにとっても、これほど嬉しいトレードは珍しい。あとは、ポストシーズンの結末が6年前と同じになるかどうかだ。 2003.10.7 フランコの無念 ナ・リーグの地区シリーズでブレーブスが敗退した。91年から12シーズン連続して地区優勝(ストで中止の94年を除く)という、4大スポーツで他に例のない記録を更新中なのに、その間ワールドチャンピオンに輝いたのは95年の一度だけ。ワールドシリーズでの敗退が4回、リーグ・チャンピオンシップでの敗退が4回、地区シリーズでの敗退が今年を含め3回と、ポストシーズンに弱いブレーブスというレッテルはすっかり定着してしまった。 この敗退で涙を飲んだのがフリオ・フランコだ。地区シリーズでは4試合に出て8打数4安打と気を吐いたが、またもワールドシリーズ初出場を逃してしまった。今年45歳、メジャー19年目となる超ベテランは、未だワールドシリーズの経験がない。80年代は弱かったインディアンズで主にプレーし、89年にレンジャーズに移籍。94年に1年だけいたホワイトソックスは夏まで地区首位だったが、ストでシーズンが打ち切られてワールドシリーズは行われなかった。 その後、日本の千葉ロッテを経て強くなったインディアンズに戻り、このチームは97年に43年ぶりのワールドシリーズ出場を果たした。しかしフランコはといえば、8月に解雇されブリュワーズに移籍するという不運。98年からは日本、メキシコ、韓国で現役を続け、2001年終盤にブレーブスでメジャー復帰を遂げたが、ワールドシリーズにはあと一歩で届かないまま今日に至っているわけだ。 持って生まれた強靱な肉体と長年の節制のため、フランコに衰えはほとんど感じられない。今秋も無念に終わったが、これがさらに現役を続けるモティベーションとなることをせめて祈りたい。 2003.9.30 ポストシーズンへ 長かったレギュラーシーズンが終わった。これから1か月弱は、日常とは違う「負けられない試合」の連続で、最後に笑うただひとつの座をめぐる過酷な戦いだ。 計8チームがあらためてスタートラインに立ったわけだが、ヤンキースとブレーブスの常連をはじめ、去年出た8チームのうち5チームが今年も駒を進めた一方、激戦のAL西地区からはワールドチャンピオンのエンジェルスとマリナーズが脱落した。 8チームのうち最も意外だったのは、NLワイルドカードのマーリンズだろう。97年に創設5年目でワールドチャンピオンになって驚かせたが、そのオフに高年俸のスター選手を大量に整理し、以後は低迷が続いていた。今季もスタートからつまずいたが、5月にジャック・マッキーン監督が引き継いでから勝ち始め、スーパールーキーのドントレル・ウィリスの活躍もあって6年ぶり2度目のポストシーズン進出を果たした。 ワイルドカードを含む8チームが戦う現在の形になって9年目だが、今年は初出場の球団はない。一度も出ていないのは、NLではフィリーズ、パイレーツ、エクスポズ、ALではブルージェイズ、タイガース、ロイヤルズ、デビルレイズの計7球団。このうちフィリーズ、エクスポズ、ロイヤルズには今年チャンスがあったが、惜しくも逃した。 MLBでも、高額年俸を払える一部球団とスモールマーケットの球団の格差は最大の問題だが、アスレティックスをはじめスモールマーケットの球団の頑張りも目立つ。ポストシーズンから遠ざかっている球団でも、フィリーズ、ブルージェイズ、ロイヤルズは今後十分期待が持てる。とすると問題は、いっこうに展望が見えない古豪タイガースと新興デビルレイズ、そして健闘しながら移転問題の先行きが不透明なエクスポズだろう。 2003.9.23 最後のホームゲーム メジャーリーグはポストシーズンの8つの枠のうち、事実上5つが決まった。残り3つをめぐる戦いは最後までもつれそうだが、泣いても笑ってもあと1週間で決着がつき、間髪を入れずポストシーズンになだれ込んでいく。 雨天中止の試合はダブルヘッダーなどでできるだけ早く消化するアメリカ野球では、日本のように終盤の日程がぐずぐずと先延ばしになることはない。そのため、既にホームゲームをすべて終了したチームもある。 エクスポズは17日が最後のホームゲームという異例の早さだったが、既にポストシーズンの見込みがなくなっていたことに加えて、シーズン後にFAで移籍する公算が高いスーパースターのブラディミール・ゲレロが7回途中で退き、交代させたフランク・ロビンソン監督にはその後ブーイングが続いた。ゲームも4-14で大敗し、散々な最終戦となったが、とりあえずこれがモントリオールでの最後のメジャー公式戦となる可能性は小さそうだ。 一方カージナルスのホーム最終戦(21日)は、田口壮にとって最高の試合になった。3点リードされた4回にメジャー通算2本目の2ランホームランを放って満員の観客にスタンディング・オベーションを受けたのだ。これを突破口にチームは逆転勝ちしたばかりか、売り物の守備でも貴重な補殺を決め、これまでの苦労が報われた形になった。 カージナルスもジム・エドモンズなどの主力選手がチームを出る可能性があり、これが見納めとなるかもしれないが、チームにはNL中地区優勝の可能性がわずかに残っている。次のホームゲームは来春か、10月のポストシーズンか。最終週、ファンは手に汗握ってテレビにかじりつく。 2003.9.16 プレーオフの無料開放 マイナーリーグのプレーオフは先頃すべて終了したが、これを無料でファンに開放したチームがある。イースタン・リーグ(AA)のニューヘイブン・レイブンズ(ブルージェイズ傘下)だ。コネチカット州の海沿いにあるこのフランチャイズは今季限りで移転が決定しており、観客動員とファンへの感謝のために先着順でチケットを配った計5試合(地区プレーオフ、リーグ優勝決定シリーズ)には、普段よりずっと多い4,000から5,000人の観客が詰めかけ、最後を惜しんだ。 レイブンズが94年から10年間ホームとした球場はエール・フィールド。アイビーリーグの名門エール大学の球場だ。1928年に開場したこの球場は、現在のマイナーリーグでは指折りの古さで、いわば時代遅れとなって移転が決まった。 しかしエピソードには事欠かない。1948年には、エール大学の1塁手だった、後の大統領ジョージ・ブッシュ(先代)が、ここを訪れたベーブ・ルースから自伝の第1冊目の寄贈を受ける栄誉に浴した。またレイブンズを迎えるにあたって球場が大改装されたとき、123メートルのセンターには高さ9メートルのバックスクリーンが設置されたが、これを越えて最長の打球を打ったのは、98年横浜ベイスターズに来たホセ・マラベで、打球は150メートル飛んだと言われる。 ここを巣立ったメジャーリーガーには、マリナーズ傘下だったときのギル・メッシュやジョエル・ピネイロなどもいるが、最近では田口壮だ。昨年8月、このチームの優勝争いのためにAAAから「降格」させられた田口だが、前のメンフィスはメジャーにも劣らない豪華さを誇る新球場。ニューヘイブンはそれとは全く対照的な「古き良き」ボールパークで、その落差にはさぞ戸惑ったことだろう。 2003.9.9 「二世選手」の競争 マイナーリーグは9月初めにレギュラーシーズンが終わり、各リーグともプレーオフに入っているが、超大物メジャーリーガーの二世選手を2人擁してレギュラーシーズンを制したのが、ミッドウェスト・リーグ(Low A)のベロイト・スナッパーズ(ブリュワーズ傘下)。6月3日付の本欄で紹介したセシル・フィルダーの息子プリンス・フィルダーに加え、今年6月のドラフトで2巡目に指名されてこのチームに合流したのが、トニー・グウィンの息子アンソニー・グウィン。父が引退後にコーチを務めるサンディエゴ州立大の2年からプロ入りした。この2人の活躍があってスナッパーズは後期、リーグ西地区を2位に4ゲーム差で制し、プレーオフに歩を進めている。 この2人は並んで中軸を打ったが、タイプがそれぞれの父親譲りなのが面白い。ファーストを守るフィルダーは.313-27-112とやはり長距離打者で、盗塁はわずかに2つ。一方、通算3141安打のグウィンの血を受け継ぐアンソニーはセンターを守るアベレージヒッターで、プロ1年目の成績は.280-1-33。終盤やや打率を落としたが、途中までは3割をキープし、盗塁も61試合で14回決めた。 今年の成績はリーグMVPをとったフィルダーにいちおう軍配が上がったが、これだけ知名度の高い二世選手が同じチームにいたのは珍しい。来季はAAのハンツビル(サザン・リーグ)に揃って上がる可能性が高く、メジャーをめざす競争が続きそうだ。 2003.9.2 ナックルボーラー1年目 アリゾナ秋季リーグのロースターがほぼ出そろった。各球団5人ずつ計150人のトップ・プロスペクトが6チームに分かれる教育リーグは、メジャーのレギュラーシーズン終了直後の9月30日からフェニックス周辺で行われる。 今年は日本人選手の参加はなさそうだが、まず目を引いた名前はチャーリー・ジンク。レッドソックスのAAポートランド(メイン州)にいる24歳の投手で、ナックルボーラーだ。独立のウェスタン・リーグから昨春ボストンと契約し、今春のキャンプでナックルボーラーに転向。レッドソックスということで想像がつくように、ティム・ウェイクフィールドの指導を受け、8月にはAからAAに昇格した伸び盛りだ。 筆者は先日、イースタン・リーグのニューブリテンでこの投手の登板を見たが、7回終了までノーヒッター。揺れながら来るボールはおよそ打たれる気配がないうえにコントロールも良く、この試合は無四球だった。そして、レギュラーシーズン最後の登板となった8月30日にはまたも9回2死までノーヒッター。打者がナックルボールに慣れていないこのクラスではもはや敵なしというところか。 ナックルボールはカレッジの時にも投げていたが、ドラフトされず独立リーグ入りしたジンクにとって、今年は大きな転機になった。打撃のレベルが特に高い秋季リーグでさらに磨きをかけられれば、レッドソックスに2人のナックルボーラーが並ぶ日も案外近いかもしれない。 2003.8.26 ケベック流ベースボール・2 前回に続いてケベックの話をもう一回。 モントリオールのオリンピック・スタジアムは、がらがらのイメージとは異なり、スタンドはまずまず埋まっていた。入りに応じて上段の席を閉鎖して観客を集めているからだが、そのぶん熱気は増す。地元でのテレビ中継もほとんどないチームを応援に来るのだから、熱心なファンの比率も高い。 しかしこのスタジアムには大きな問題点があった。1階席の前寄りは36ドルといちばん高額の席なのだが、そのエリアの警備員(アッシャーというよりは、ガードマン風の制服を着た男たち)が厳しすぎるのだ。ここを出入りする観客はほとんどすべて追いかけて行ってチケットをチェックし、持っていなければ即座に出て行かせるし、同じ観客を再度チェックすることもしばしば。確かに、チケットがないのに入ってくる観客も多いのだが、フィールドに近い席にちょっと座ってみたい子どもまで追い立てるのは見ていて気持ちの良いものではない。だいたい、そういう客よりもうろうろする警備員の方が邪魔なのだ。 こんなこともあった。小さな子どもをそのエリアに立たせて記念写真を撮っている父親がいた。さすがにそれは咎めなかったのだが、そのときはインプレー中で、子どもがフィールドに背を向けて立っているのは危険だ。こんなときこそ注意して、写真はイニングの合間に撮らせるのが彼らの仕事だろう。 彼らは厳しいだけでなく人懐こいところもあって、筆者のクリップボードにやたら興味を示す警備員がいた。何度目かにやって来て、これはいくらだったとかどこで買ったとか訊くのはまあいいのだが、そのときはエクスポズの満塁のチャンスで、筆者はその相手をしていて得点シーンをちゃんと見ることができなかった。 つまり、彼らは野球を知らないし、好きでもないのだ。チームやファンのためではなく、スタジアムか警備会社に雇われて会社のために仕事をしている。前回、アメリカのやり方がすべてではないと書いたが、アメリカの球団ならこんな仕事はさせないだろう。それは野球というスポーツやその楽しみ方が十分に根づいているからで、カナダはその意味で未熟な部分もある。だから、内野最前列や、通路をはさんだ最前列には打球よけの透明のボードが設置されており、これは適切な設備だと感じたが、警備員たちの仕事ぶりは未熟そのものだった。 なおこれは、日本の多くの球場を管理している会社のモントリオール支社の話ではないので念のため。 2003.8.19 ケベック流ベースボール カナダのケベック州は独自の文化を維持するフランス語圏だが、プロ野球チームが3つある。メジャーのモントリオール・エクスポズ、ノースイースタン・リーグ(独立)のケベック・キャピタルズ、それに今年発足したカナディアン・リーグ(5月20日付、7月22日付参照)のトロワリビエール・セインツだ。フランス語圏ゆえ野球人気は低いというイメージがあるが、それでも各球団は頑張っている。 古都ケベックシティにあるキャピタルズ(現地ではキャピタル・ド・ケベック)の球場は公園の中にあり、古くて狭く(センターが116メートル)日本の地方球場のようだ。場内アナウンスもスコアボードも当然フランス語で、どこかサッカーの試合のような雰囲気。そしてなんとここには、チアガールがいる。韓国野球さながらだが、北米では野球とチアリーディングは無縁、と思っていたのは間違いだった。 世界にはいろいろな野球の楽しみ方がある。それぞれを判断する基準は、本家アメリカのやり方に合っているかどうかではなく、野球というゲームを阻害していないかどうかだろう。チアガールはうまく場内を盛り上げていたが、イニングの合間や投手交代のときだけなので、決して目障りではない。椅子をガタガタ鳴らす応援も、うるさいのはうるさいがここぞという時だけなので、めりはりは効いている。 球団や売店のスタッフのホスピタリティも特筆ものだ。場内の売り子がチップを要求するのには少々驚いたが、これはこの地方の習慣だし、そのぶんサービスも愛想も良い。 エクスポズも、西地区首位のジャイアンツ相手にホームで4連勝。目立たないながらしぶとくワイルドカード争いに残っている。オリンピック・スタジアムの熱気は、発表される観客数からは想像もつかないほどのものだった。 ケベックの野球はまだまだ死なない。(ケベック州モントリオールにて) 2003.8.12 インディアンズ再建への道 インディアンズの今季は、ジム・トーミら黄金時代を引っ張ったスターが去り、ロースターには馴染みのない名前が並ぶようになった。当然のように、ア・リーグ中地区の激しい首位争いとは無縁の位置にいる。 それは承知のうえでクリーブランドを訪ねた。残り少ないスターのオマール・ビスケルもDL入り。にもかかわらず、マリナーズ、エンジェルスという西地区の強豪相手に一歩も引かない見事な戦いを見せてくれた。 なんといっても若手の頑張りがめざましい。先発したジェイソン・デービスとビリー・トレーバーは終盤まで見事なピッチングだったし、リッキー・ゲティレスのDL入りに伴い昇格したサードのケーシー・ブレイクは再三のファインプレーでピンチを救った。 スター選手がいなくなれば、若い選手にはチャンスだから張り切って当然だ。球団としては、一時的に戦力は落ちても、再建の時期と位置づけて彼らを積極的に使っていく。 もちろん、すぐに結果が出るわけはなく、観客動員は去年に比べて3分の1も減った。しかしどんなチームも、いつも強いということはあり得ない。ジェイコブス・フィールドができてから去年まで優勝争いと満員が続いたのは一種のブームのようなもので、戦力が落ちる時期もあることは覚悟して、できるだけ早く再建することがGMをはじめフロントの仕事だ。「勝たないとつまらない」というファンも当然いるので観客は減ったが、それでもファンの3分の2はまた強くなる日を待ち望んで若い選手に声援を送っている。エンジェルス戦に先発したデービスは、完封目前の9回2死から逆転されるという辛い経験をしたが、降板するときのスタンディング・オベーションは、勝ったかと思わせるほどだった。 インディアンズが再び優勝争いの常連になる日はそう遠くないはずだ。(オハイオ州クリーブランドにて) 2003.8.5 over-achieverの魅力 over-achieverという言葉がある。野球界に限らず、アメリカではよく使うが日本では当てはまる言葉がない。もともと持っている能力以上のものを達成(achieve)している者、といった意味で、逆に能力を出し切っていない者のことはunder-achieverと言う。 今アメリカ球界でover-achieverと言えば、誰もが思い浮かべるのがエンゼルスのデビッド・エクスタインだろう。身体は小さいし、打力、走力、守備力など、どれをとってもメジャーリーガーの水準以下。にもかかわらず、昨年エンゼルスのワールドシリーズ初制覇に大きく貢献したことは言うまでもない。 同じようなover-achieverとして思い出すのは、レッズにいたクリス・セイボーだ。ゴーグル型のサングラスがトレードマークだった3塁手といえば思い出す人も多いだろう。彼も90年レッズのよもやのワールドチャンピオンに貢献し、その秋の日米野球で来日したのも同じだ。 over-achieverやunder-achieverという言い方がされるのは、潜在能力への評価が徹底しているためだ。アメリカ球界では選手の持っている「ツール」を細かく評価する。野手の場合、走力、肩、打力(アベレージ)、打力(パワー)、守備力の5つ。スカウトする時点でこれらを評価し、どのレベルまで行ける選手かが冷徹に予測される。 しかし予測はしばしば外れる。over-achieverになる要素はモチベーションやハッスル、節制など様々だが、スカウトやコーチの予測通りにしかならないのなら、選手の「育て甲斐」や、育つのを見る楽しみは半減するし、後に続く選手や野球少年の励みにもならない。 エクスタインのようなover-achieverは、必要以上にシステマティックになっている観もあるアメリカのスカウティングへのアンチテーゼと言えるかもしれない。 |